初めての渡船


神戸・和田防…私が初めて渡船で渡った一文字(いちもんじ)だ。波止釣りの世界を知り、道具の買い物やウキ作りにドップリ夢中になっていた頃、釣り雑誌で沖の防波堤へ釣人を渡してくれる渡船というものがあることを知った。

陸続きの波止で釣りをしていたら「ここからもっと沖にある一文字へ出たら、さぞ魚が釣れるに違いない」と思うのは初心者なら当然だろう。私もその一人だったわけで「沖へ出さえしたら…」という単純な動機から、せっせと一文字通いが始まった。

一文字という字をどう読むのかさえわからなかった私は、一番電車に乗り、広告の地図を頼りに河内渡船を探した。乗り場までギリギリ走って間に合った一番船から初めて見た神戸港の風景と眼下の波シブキに「波止釣りに、こんな素晴らしい世界があったのか!」と心底から感動したものだ。

その時の釣果記録をたどると「初めて渡船で一文字へ渡った。穂先がクンとくる魚のアタリを味わった」と素直な感想がある。そうそう、この日、手の平に収まるような目のクリッとした黒い魚を釣ったが、それがグレという魚であることも知らなかった。

さて、陸からずっと沖にあるんだから、魚もさぞ…という私の読みは、ほどなく「どうもそうではないようだ」へと変わった。そう気づいた時は、すでにかなりの渡船代を払ったあとだった。一文字からトホホの丸ボウズで戻ってきた渡船乗り場の横で、常連さんが水汲みバケツいっぱいに良型メバルを釣っているのを見て“不条理”の意味を全身で理解したのもその頃だった。

まぁそれでも「次こそは」の期待の連続で、その後、北港、岸和田、垂水、武庫川、南港と懲りない一文字通いは続き、それぞれの渡船のシステムもエサを買う店も知った。何人かの常連さんたちとも仲良くなった。いくつかのポイントも解った。釣り方だって多少はうまくなったつもりだ。変わらないのは釣果の方で、相も変わらず一家で食うにはいつも足りない。

今まで、どれぐらいの時間を一文字の上で過ごし、波間を見詰めて生きてる時間をうちやってきたことだろう。そして、あと何回、何時間、私は一文字の上で伸び伸びと竿を出すことができるのだろう。



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