立派な大人
小学校4年の時、ハレー彗星の話を読んだ。 太陽の周りを76年という長い周期で回り続けている彗星だ。 「この次は1986年に地球に近付きます」という箇所を 私は幼い頭にしっかりと焼き付け、懸命に計算して、 そのころには25歳という“立派な”大人になっているのだと想像した。 時は過ぎ、25歳になった年、 ハレーすい星は確かにまたやってきた。 しかし、私は思っていたような「立派な大人」にはなっておらず、 それどころか、 社会人になりたてのただの若いサラリーマンでしかなかった。 そして今、ハレー到来からもう20年も生きてきたのに、 いまだに「立派な大人」にほど遠い人生をさまよっている・・・ この歳になってようやく、 人は幾つになっても、その年に相応した愚かさを常に持つことを知った。 60代には60代の、80代には80代それぞれの「愚かさ」があるのだろう・・・。 そう思うようになった。 尾崎 豊の「卒業」という歌には、 「あと何度、自分自身卒業すれば、本当の自分にたどり着けるだろう・・・」 というフレーズがある。 立派な大人への道は、かくも遠いのだ。 やれやれ・・・。 |