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いろは救民妙薬の歌
これは、江戸初期に神医とあがめられた、甲斐の永田徳本が、救民済世のために作ったものだといわれている。その真偽については検討を要するが、有名な徳本の名を借りて大衆の間に広めたものではないかと思われる。ともかく、その内容には、今日でも参考になる点が多いのである。ただこのままでは、現代人にはわかりにくいところがあるので、簡単な説明をつけておいた。
「い」
急ぐ道、歩いて呼吸が切れなら、ハコベの汁に紫蘇入れて飲め。
生のハコベの葉、茎ともに絞る沢山汁が取れる。その汁を湯飲みに半分ほど入れ、シソの葉五、六枚、またはその絞った汁を加えて飲むとよいのである。
「ろ」
労咳や気うつの症の病には、ハコベと榧の実を煎じのめ。
労咳は肺結核、気うつ症は神経病だが、これで肺結核や神経病を治すというのではなく、気力の衰えたところを目あてにして、用いるのである。カヤの実は、よく砕いて20~30gを、ハコベといっしょに煎じるのである。
「は」
腹痛みあるいは下り渋るなら、芍薬の根を煎じのむべし。
シャクヤクの根5gに、甘草3gを加えて煎じて飲むと、腹の痛みだけでなく、筋肉がひきつれて痛むのをなおす効がある。
「に」
乳癌や乳房の腫れに水仙の、根をすりクハダ混ぜて飲むべし。
キハダの粉末を、スイセンの根をすった中に入れて混ぜたものを、乳房の腫れて痛むもの貼るるのである。乳癌とあるが、本当の乳癌はきかない。
「ほ」
疱瘡や麻疹の熱を見るならば、柳の心を煎じのむべし。
疱瘡は天然痘のこと。ここで、芯というのは、若芽のことを指すのであろう。
「へ」
平生に心づかいのある人は、蓮と蓬を煎じのむべし。
ハスは根を、ヨモギは葉を用いるのであるが、ともに滋養強壮によい。
「と」
吐血にも、血の下るにもイチジクを、生にて食えば治るものなり。
「ち」
血の道で、いろいろ悩む婦人には、鹿のふくろ子黒焼きでのめ。
今日では、鹿胎を手に入れることはむずかしい。
「り」
淋病や、せんき、寸白スバコや消渇に、鮒フナの黒やき白湯で飲むべし。
フナの黒焼きが、泌尿生殖器の病気に効のあることを述べた歌。
「ぬ」
塗り物や漆にまけてかぶれなば、蟹を煎じて洗え二、三度。
生きた蟹を潰して、その汁をつけてもよい。よく効く。
「る」
類中風、脚気、脹満の妙薬は、スルメと甘草煎じのむべし。
類中風は、脳出血類似の病気のこと。脚気は、足が痺れたり、力が抜けたりして、歩行の不自由な病気。脹満は腹の膨らむ病気。
「を」
オコリには、くすり、まじない多けれど、ワサビを煎じ飲むが妙なり。
オコリはマラリアのこと。
「わ」
わきがにはスモモの皮に明礬を、煎じて洗え、妙に治るぞ。
ズモモは根の皮を用いる。
「か」
かぜひかば、陳皮と紫蘇と甘草と生姜を入れて煎じのむべし。
皮ミカソの皮3g、シソの葉2g、甘草1.5g、生の生姜4gを一日量とし、煎じて温かいうちに飲む。
「よ」
癰、疔で悩む人こそ蝶々を、胡麻の油で塗りてつくべし。
ぬりてつくべしとは、煉ってつけよの意であろう。
「た」
痰、咳の根きり薬は、石菖とクルミと桔梗煎じ飲むべし。
赤菖蒲の根、胡桃の実、桔梗の根、それぞれ3gほどを煎じて飲む。
「れ」
レンゲ草に接骨木ニワトコの芽の蒸し焼きを、油でつけよ五痔の妙薬。
五痔は、すべての痔の総称。
「そ」
瘡毒で久しく難儀するならば、麦とよもぎを煎じのむべし。
慢性に経過する化膿性の病気の治療を述べたもの。
「つ」
頭痛してのぼせて鼻の詰まるには、棗に甘草煎じのむべし。
ナツメの実と甘草、それぞれぞれ6gを一日量とする。
「ね」
寝汗かき、夢見驚き、恐れは、長芋ばかり煎じ飲むべし。
恐れは、うなされること。長芋はヤマノイモ、漢方で山薬という。
「な」
長血にも、また白血にも、紅花に肉桂入れて煎じ飲むべし。
子宮からの出血やこしけに、ベニバナとニッケイの皮、それぞれ4gを一日量として飲む。
「ら」
蘭の花に、榧の実を入れ、煎じ飲め、下焦悪きは治するものなり。
下焦は、臍から下のことであるから、このあたりの病気によいという意。
「む」
むし歯には松の緑をよく焼きて、痛むところにつけて妙なり。
「う」
初産はわけて大事で、菊の花、少し煎じて飲ませおくべし。
菊の花は、食用にする黄色のものがよい
「ゐ」
陰虚に、腎の虚したる病にも、桑実、酒で煮つめのませよ。
元気がなぐ、ことに性欲の衰えたものには、クワの実の酒はよいものである。
「の」
喉の中、腫れてしきりに痛むには、蜜柑の種の黒焼をのめ。
「お」
おくび出て、食するたびに痞えれば、ヘチマの水でソバの粉を飲め。
おくびはゲップのこと。
「く」
くじきにも、また打身にも、早速に、うどんの粉をば酢にてつくべし。
キハダ、クチナシの実、ヤマモモの木皮など、どれでもよいから粉末として、小麦粉とともに酢で煉ってつけると、さらによく効く。
「や」
病み目にも、ただれる目にも明礬と、キハダを煎じ洗え妙なり。
「ま」
まむしでも、ほかの虫で刺されなば、硫黄、ニンニクすりつけてよし。
「け」
経水の滞るには牡丹皮の根、煎じて飲めば治するものなり。
経水は月経。モモの実の中の仁を桃仁といい、これにも月経を通ずる効があり、どちらも5gほどを一日量として飲む。
「ふ」
舟や駕籠、馬にも酔わば用意して、硫黄をへそにあてて乗るべし。
「こ」
腰痛み、筋がつるなら、橙の皮に甘草入れ煎じ飲め。
「え」
えづき出て、胸が悪くて吐けぬには、粟を粉にして白湯でのむべし。
えづきは吐くこと。一本には、吐かぬとあるが、意味からは吐けぬがよいと思う。
「て」
てんかんの病は、雉子キジの黒焼、白き砂糖を混ぜて飲むべし。
「あ」
汗ぼやら、にきび、そばかすできるなら、卵の白身つけて妙なり。
あせぼは、あせものこと。
「さ」
酒すぎて、あとの気分の悪いなら、丁子を煎じ熱いのをのめ。
「き」
気付には、梅をおろしてよくすりて、日に干し固めて用意あるべし。
梅肉エキスのことをさしている。
「ゆ」
指腫れて、うみ血の出て悩むなら、ハッカを黒く焼きてつくべし。
一本に「ゆびやみに、どじょうとハッカの黒焼きを、あぶらでつけよ妙になおるぞ」とある。
「め」
茗荷ミョウガこそ焼きて多年に食すれば、湿気を受けぬものと知るべし。
湿によって、いろいろの病気が起こる。そのもとの湿気を去るの意。
「み」
耳だれは、蝉のぬけがら煎じ出し、こよりにつけてさしこむがよし。
「し」
小便の出ぬは蝸牛の殻を去り、肉と麝香を臍下に貼れ。
蝸牛はカタツムリ。麝香はジャコウジカの麝香嚢の内容物。一本に「積ならば、牡蛎の貝殻よく焼いて、粉にして砂糖を入れて湯で飲め」とある。積は、胸さしこんで痛む病気。
「ゑ」
疫癘や流行病のたぐいには、紫蘇と麦とを煎じのむべし。
疫癘は流行性の熱病。
「ひ」
ひぜんには、かざりの蝦をからしおき、煎じて飲めば内攻はせじ。
ひぜんは疥癬のこと。こらが内攻して、腎炎などになる。予防に伊勢エビ殻がよいと言う。
「も」
ものを喰うて、あたりし時は早速に、ヒルモを煎じて妙なり。ヒルモはヒルムシロのこと。漢方では眼子菜という水草である。
「せ」
疝気にて、きんの腫れたは、南天の葉を入れ煎じ温めてよし
きんは睾丸のこと。
「す」
筋骨の痛みに藤の根を煎じ、日に五、六たびのめば治すなり。
「京」
驚風や五疳の虫をわずらわば、鷹の糞をば煎じのませよ。
驚風というのは、急にひきつける小児の病気。五疳の虫というのは、虚弱児、腺病質の小児、神経質の小児などをいったものである。タカのふんは入手困難だが、一本に「驚風や五疳の虫に、益母草、連銭草を煎じのむべし」とあり、これなら現代でも使用できる。 |
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