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環境問題を教材とした理科授業

以下の文章は、
小林清昭,深野哲也,大阪府高等学校地学教育研究会会報,27,54(1991).
をHTMLに直したものです。

府立 岬 高等学校  小林清昭*)

府立貝塚南高等学校  深野哲也 

  1. はじめに

    最近、環境問題は多くの耳目を集めるところとなっている。オゾン層の破壊や地球の温暖化、熱帯雨林の減少という地球的規模の環境問題は、連日のように新聞やTVで取り上げられ、一種のブームとさえなっている。また、世界的にも環境保護は重要課題とされ、環境破壊をこれ以上進めないように国際的協力がなされつつある。そういう環境への意識の高まりを背景として、新学習指導要領に環境の視点が盛り込まれるなど、環境教育の必要性が声高に主張されている。このような情勢をふまえ、本校(大阪府立岬高等学校)では、環境問題を教材にした授業を試みたので報告する。

  2. 授業の目標

    環境ブームともいうべき状況の中で、環境問題に対して科学的信憑性の点から疑問も出されている。理科教育として環境問題を扱うとき、科学的な知識を正しく生徒に与えるのを忘れてはならないと思う。そこで、深入りすることなく、科学的立場に立脚しながら環境問題を取り扱うことにした。そして、環境汚染の原因と発生している被害、環境汚染への対策としてどこまでが現在可能であるのか、また実際に行なわれているのかを示した。それらを通じて、多くの情報に惑わされることなく、生徒自らが環境問題を冷静に考え判断していけるようになることを願った。

    生徒が環境問題について知識を持っていたとしても、環境保護の立場に生徒を立たせることはなかなかできないと思われる。生徒が環境問題を意識し、自分を取り囲む環境に目を向け、それを大切にしようとする気持ちを持つようになるには、環境汚染を身近に感じる必要がある。そのために、できるだけ身近な環境汚染を取り上げ、実際の汚染に触れさせることにした。また、新聞の記事を教材に加えることで、現実に起こりつつある出来事と密接な関係を保つようにつとめた。さらに、環境問題という教材で、科学的に物事を捉え、答えのない問題を自分で考えていく機会を与えることができればと思った。

  3. 昨年度(平成元年度)の取り組み

    本校では、二年次において化学の授業を四単位で行なっている。その三学期の授業の中で環境問題を扱った。授業の流れを考え、化学の範囲をなるべく逸脱しない内容として、オゾン層の破壊と酸性雨を教材にした。生徒の反応もよく、授業に関心をもてた、できれば一学期から環境問題を扱って欲しかった、との意見もあり、環境問題を授業の中で扱うことに自信を持つことができた。

  4. 本年度(平成二年度)の取り組み

    昨年度と同様、二年次の化学において環境問題を扱った。ただし、四単位のうち二単位をこれに当て、一年間を通して行なった(三学期は四単位で行なった)。環境問題をできるだけ系統的に扱い、そしてできるだけ多くの問題を生徒に提起することにした。内容は表に示したとおりであり、”化学”の内容にはこだわらなかった。授業は全てプリントを用いて行ない、プリントへの書き込みをしていくことで授業を進めた。

    多くの実習をまじえながら授業を展開したが、そのうち地域に即した教材のいくつかを紹介したい。本校は大阪の南部、九学区に位置し、泉州地方の環境が教材となる。九学区は南北に長く、地理的に広範囲であり、山や海、都会と過疎地域と、様々な環境が存在し、汚染の違いを比べやすい。また、関西国際空港の開港に向けて開発が行なわれつつあり、開発による環境への影響も生徒の体験の中で捉えることができるという特徴がある。

    表 授業計画
    一学期生態系と物質循環
    地球の温暖化
    核の冬
    オゾン層の破壊
    二学期大気汚染と酸性雨
    水質汚染
    三学期合成洗剤
    食品添加物と農薬汚染
    化粧品の毒性
    放射能汚染
    熱帯雨林の減少と砂漠化
    NGO
    公害の歴史的推移
    法律と環境アセスメント
    個人としての取り組み
    1. 温暖化による海面上昇

      二万五千分の一の地形図上で 10 m の等高線を生徒がなぞり、10 m の海面上昇で自分の住んでいる所が水没するかどうかを調べる。大多数の住居が水没することから海面上昇の影響の大きさを考えさせる。温暖化による海面上昇は実際には 1 m もないといわれている。10 m という数字は大きすぎるが、実習をしやすくするためにこのような値にした。

    2. 自治体の測定を用いた泉州地方の大気汚染

      一般環境大気測定局で測定された NO2 と SO2 濃度のデータを地図上に記入し、また経年変化をグラフ化することで、泉州地方の大気汚染状況を捉えさせた。

    3. NO2 濃度の測定

      大気汚染物質の一つである NO2 の濃度測定を行なった。NO2 濃度の測定は他校でも多く行なわれているものである。本校では、市販の NO2 捕集管を生徒各人に一つ渡し、自宅で NO2 を捕集した。今回は、ザルツマン試薬による発色と比色測定を教師が行ない、結果を生徒に返すことにした。その生徒自身の結果をもとに、泉州地方の大気汚染状況を、NO2 濃度の南北での差、山と海沿いでの差、交通量での差を中心に、地図上にデータを記入することで考えさせた。

    4. 学校周辺の大気汚染

      大気汚染による被害が具体的に現われている場所や関連した場所を取材し、スライドにした。関西電力の多奈川火力発電所による大気汚染が岬町で一時期ひどくなったときがあり、大気汚染の測定地点や表示器が多く見られる。

    5. 川の水質調査

      泉州地方の主な川の水を実際に汲んできて、臭いや色を調べる実験を行なった。また、CODなどの水質測定の結果をもとに、生徒が住んでいる近くの川の汚れ具合について認識させた。調査が不十分で、汚染の原因を考える授業内容まではできなかった。今後の課題である。

    ここに紹介した実習で居住環境に目を向ける生徒が増えたことは確かなように思われる。その他に身近な題材を扱うものとして、合成洗剤の毒性実験、無添加食品の製造と市販のものとの比較、化粧品からの色素分離などを行なった。

  5. 今後の課題

    生徒の感想としては、「身近なことがらを扱っているので興味をもてた。」、「こんなに汚染されているとは知らなかった。」などの授業に対して肯定的な意見が多かった。授業中にも、疑問点や自宅周辺で起こった出来事などについて多くの質問や意見が出され、関心は高いものと期待される。しかし、実際に授業を行なってみていくつかの反省点があるのでここに示したい。

    • 科学的な内容を詳しく扱ったときに、生徒の関心が薄れてしまった。
    • 一年間生徒の関心を保つために、教材の配列を工夫する必要があった。
    • 地球的規模の環境問題(オゾン層の破壊や地球の温暖化など)を実感できるよい教材があまりなかった。
    • 教材を工夫しないと”試験のために学ぶ”状態に生徒がすぐ陥ってしまい、当初の目標を十分達成することができなかった。

    これら以外にも多くの反省点があり、今後の課題としていきたい。

  6. おわりに

    他校においても、環境問題を取り入れて授業実践をされているところは多いことと思う。環境問題を取り入れた授業で何を重視するか、また授業の方法についてもいろいろ異なった考えをお持ちの方が多いと思われる。授業内容をよりよくしていくためにも、多くの方々の実践経験から今回の試みについて御批判・御教授していただきたい。

<参考文献>

  • 1)木村竜治,科学,60,793(1990).
  • 2)矢沢サイエンスオフィス編,「最新地球環境論」,株式会社学習研究社,1990.
  • 3)環境庁長官官房総務課編,「地球環境キーワード事典」,中央法規出版株式会社,1990.
  • 4)環境庁大気保全局大気規制課監修,「平成元年版日本の大気汚染状況」,株式会社ぎょうせい,1989.
  • 5)天谷和夫,「みんなでためす大気の汚れ」,合同出版株式会社,1989.
  • 6)赤羽根充男,第11回化学教育講演会及びパネル討論会要旨集,25(1990).
  • 7)谷山鉄郎,「恐るべき酸性雨」,合同出版株式会社,1989.
  • 8)環境保全対策研究会編,「水質汚濁対策の基礎知識」,社団法人産業公害防止協会,1990.
  • 9)合成洗剤研究会編,「みんなでためす洗剤と水汚染」,合同出版株式会社,1986.
  • 10)鈴木英喜,「みんなでためす合成着色料」,合同出版株式会社,1987.

*)現在大阪府立泉南高等学校