記憶力の減退



高校時代、テスト前日の一夜漬けが得意だった。
特にうまくいったのは物理だった。もともと興味が無い上に授業は皆目理解できなかったのだが、テストで出題されるであろう問題にヤマを賭けその答えを丸暗記するのである。

なぜかそのヤマもよく当たり、結果、私の物理の成績はかなり上々だった。
ある日、物理の先生に呼ばれて「お前、理系クラスに進む気は無いか?」と言われたときは心底面食らった。全然解らないから暗記とヤマ賭けで凌いだだけのこと、センセ、文系アタマのこの私にこりゃ大間違いだったよ。

あと、日本史なんぞは、あの山川出版のエビ茶色表紙の教科書を何度も何度も読んであらゆる記載事項を丸暗記した。日本史のテストとはつまり、この中に書いてあることを元に味付けとデザインを変えて問うだけのことだったから、これもバッチリだった。

後日、学生になって喫茶店でウェイターのバイトをしていた時も、記憶力はまだ健在だった。オーダーをメモすることは禁じられていたから、その場で正確に記憶するしかない。酒に酔って入ってきた何人もの若者グループが「オレ、ホット」「私、ミルクセーキ」「オレもホット」「アイス!」「トマトジュース!」とか口々に同時に言うのをまとめて正確に厨房に伝えることが楽にできた。

今になってしみじみ思うのだが、若い時代の記憶力というのはそりゃ驚嘆ものなのだ。

さて、そんな手前味噌はここで終わって、ここからはいま現在の私の記憶力の話である。これが全くもってアカン、悲しいくらいに何もかもうまく覚えられへんのです。

子供たちに歌手のグループ名を聞くと、その5分後にはもう忘れている。気になるキーワードを検索しようとパソコンに向かったら、その途端もう言葉を忘れている。気に入った曲をカラオケで歌おうと歌詞を覚えようとしても、何度聞いても全然、覚えられへん。

嫁ハンは嫁ハンでやっぱり同じだ。私は自転車乗りが趣味で近所の「輪娯ロード」というお店と懇意にしているのだが、「あの、なんやったっけ、あの自転車屋さんの名前?・・・そや、アップルハウスや!」などとほざいている。あぁ、言葉の原型さえ残さぬこの記憶力レベルの哀しさよ!

ただ、私も決して嘆いているばかりではない。

記憶力減退に立ち向かい好きな曲を覚え込む方法はただひとつ、何度も何度も飽きずに果てしなく何度も聞いて、覚えるまでそれを繰り返すのである。

車の中、渋滞の道路上なんかで覚えたい曲を何度も聞く。すると何度も何度も同じところを歌い間違える、人間がイヤになるぐらい、悲しいくらいに何度も間違える、何度やってもうまく歌えない、進化とか上達という手応えは微塵も感じられない・・・でもメゲずに何度も何度も、ただただ聴いて歌うを無限に繰り返すのである。失われていく記憶力に対処するにはただただこれしかない。

おかげで、いくつかの美空ひばりの名曲をものにできた。思い立ってからカラオケ屋で歌うまで半年以上かかったような気がする、フゥ。昔は、ヒット曲なんて数回も聴けば口ずさんでたのになぁ。

嗚呼、若きあの頃の記憶力が今あれば・・・。



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