死滅回遊


長い間、釣りを趣味にしている。
主に海釣りで、防波堤や磯の上からスズキやクロダイ、グレ(メジナ)等を狙うのが好きだ。

もうずいぶん前、パソコン通信で、
ある釣人のメッセージから「死滅回遊」という言葉を知った。

遠く暖かい海域に棲む魚たちが黒潮などの暖流に乗って日本近海まで回遊してくるが、
低水温に耐えきれず、やがては冬を越せずに死滅してしまう・・・
という意味の学術用語である。

死滅回遊・・・なんともの悲しい響きを持つ言葉だろう。
滅びの美学や命のはかなさをも含むこの言葉は、
学術用語らしからぬとても詩的なイメージを私に強く喚起させた。

ところが、真の意味を調べてみると、
これが全くの「無駄死に」なのかと言えば、決してそうではないらしい。

もし、流された先の海域が棲息に適した環境であれば、
定着して新たな分布域を広げることができるからだ。

また、気候や海流などの大変動があれば、
今まで快適だった場所が最悪環境に一変し、
逆に今まで最悪だった所が快適環境へ逆転することもあり得るわけで、
見る角度を変えれば、
「死滅回遊」は新たな生存環境をより拡大させるための挑戦でもあるのだ。
(その意味で死滅回遊は別に「無効分散」とも呼ばれているらしい)

かのダーウィンは言った。
「この世に生き残る生物は、最も力の強いものか?、そうではない。
最も頭の良いものか?、そうでもない。それは、変化に対応できる生物だ」

本当に当人の言葉なのかという懐疑説もあるのだが、
それはともかくなかなかにインパクトあるフレーズである。

遠く、暖かい南の海深くで、
いま、この瞬間にも、
自らの力ではどうにも避けようのない潮流に抱かれた無数の魚たちが、
ただ黙々と回遊の旅を続けている・・・。

ひたすらに泳ぎ続ける彼らの姿に思いを重ねる時、
それは決して「死への旅」などではなく、
新たな世界への生存の望みを賭けた変化への挑戦なのだと改めて確信した。



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