哀愁の水泳ダイエット


108キロ・・・1年前の私の体重だ。身長は178cmだから標準体重は80キロ弱。この数字はどこからどう見ても文句無しの“肥満体”だ。古来、人は百八個の煩悩を抱えてるらしいが、私の場合、どうやら体重でも煩悩を背負わされてるらしい。

二十代前半の頃からプラス20年を生きて、少なくとも20キロは贅肉と脂肪を蓄えたわけだから、我ながらよくぞ長年放置してきたものだ。ワインだと20年物は上物だろうが、20年物の出っ腹なんてみっともないだけである。

事実、親しい知人たちは私の腹を見るたびに「一体どうしたらこんな腹になるの?」とか「こんな腹出してホンマにしっかり仕事してんのか?」と聞いてくる。
私はそのたびに「いやぁ、毎日、身も細る思いで仕事してるんですけど、一向にへこまんのですワ!」と答えるのだが、みんな鼻で笑って軽蔑の眼差しを向けて去っていく。中には手の平でスルリとへそ周りを撫でていく無礼者もいる。

まぁずっとこうしてヘラヘラ笑ってやりすごしてきたのだが、ある日、素朴な不安がむっくりと頭をもたげてきた。
「このまんま無為無策のまんま肥え続けていったら、オレ、いったいどうなんねやろ?」
お陰さまで、今のところケガも大した病気もしてないけど、健康上の事やら仕事を考えると、なにやら急に不安になってきたのだ。「アホか、はよ気付かんかい!」と怒鳴りたい方もいようが、当人の自覚が鈍いのだから仕方ない。

というわけで、思い立って「スイミング」なるものを始めた。幸い、自宅のすぐ近くにナックルという立派なプールを備えたスポーツ施設がある。水泳を選んだのは、陸上の運動だと過度な重力に膝が負けて関節炎になるだろうとの判断からだ。水泳だと浮力でこうした負荷はかなり軽減されるはず、そうだ、デブは浮力を利用するのが得策なのだ・・・。

初日でいきなり死にそうに・・・

水泳初日、「こんなのカンタン」といきなり25mをクロールで泳いでみたら、ゴールしたとたん、息も絶え絶えになりホントに死ぬかと思うくらいの苦しさを味わされた。いつぞや聞いた「運動会でコケるオトーサン」という話を思い出した。気持ちは若いままなのだが、体が年取ったことを無視して無理に走ってしまうため体が付いていかず、コテッと簡単に転がってしまうオトーサンたちの事だ。

「嗚呼、オレは25mさえ泳げない体力なのか・・・」
このショックはとっても大きかった。
「いかん!、泳ぐのはまだ早い、まずはプールウォーキングからだ」と考え直した私は、次の回からプールをひたすら歩くことにした。

ところが、これもナメてはいけない。水中を歩いてみて実感したのは、水の抵抗というのは予想以上に強いものだということだ。水が体全体に粘り付くようにして私の前進をガッシリと阻害する。なんだか蜂蜜のビンの中をかき回すような不自由な感覚だ。それに腹部の広さも抵抗に加わるためか、力んでみてもなかなか前に進まない。プールの真ん中であたふたジタバタもがいている私の姿は、きっと溺れかけのカバみたいで、端から見ればかなり格好悪いものだったに違いない。

さて、このプールウォーキングだが、回を重ねるうちにやがて慣れてきて、なんとか人並みに歩けるようにはなった。どこかで聞きかじったのだが、運動を始めて20分ぐらい経ってから初めて体内備蓄脂肪の燃焼が始まるとかで、運動時間が短いと血中脂肪しか使わないから、とにかく最低20分は運動しないと肝心の脂肪燃焼までには至らないらしい。

初期の運動で使われる脂肪はいわば「サイフの金」であって、これを使い切らないことは貯金通帳には手をつけへんというわけか・・・そうかそういうことか、と勝手な解釈で自分を納得させていた私は「溜め込んだ脂肪を表に引きずり出して燃焼させるには、まずは20分以上歩くしかないのじゃ!」という悲壮な決意で、25mプールを往復しまくった。

そして、ある程度歩いたあとで恐る恐るクロールで泳いでみる、という日々がかなり長く続いた。歩いてばかりだと飽きてくるから、後ろ向きに歩いてみたり、ピョンピョン跳ねながら歩いてみたりもした。体の疲れ具合と相談しながら通っているうちに、「きっかり1時間、プールの中に居るようにしよう」という自己ルールもできた。

やればできるじゃないの!

そして、次なる私のマイブームは「泳げる距離を少しずつ伸ばしていく」ことだった。
誰のためでもなく、誰かと張り合うわけでもなく、ひたすら自分のためだけの記録をじわじわゆっくりと塗り替えていくプロセスは、今思うととても充実した日々だった。
25mのプールだから、向こうにタッチして帰ってきたら50mだ。最初は25mごとにゼイゼイ息するための休憩を入れていたが、そのうちに一往復、つまり50m単位の休憩に変わった。これで2往復できれば100m、もう一回行って帰ってきたら150m・・・そんな思いを日々連続させることで、二ヶ月目を過ぎた頃にはなんとか500mは泳げるまでになった。

心肺力もついてきたのか、泳がない普段の日でも呼吸する空気の量が確実に増えたのが自覚できた。いつも踊り場で休憩をとらないと上れなかった仕事場のビルの階段も、休憩なしで上がれるようになった。この頃、プール通いは週に三回ペースになっていが、「プール通いはなんとか続けられそうだな」という自信も少し出てきた。

こんな感じで600m/1時間までは順調にクリアできた。だが、これから先の距離更新は思った以上にキツイものだった。とりわけ700~800mの壁はやたらに厚く苦しかった。だが、そんなこんなでひと月ほど泳ぎまくっているうちに、なんとか1000mを泳げるようになった。

そんなある日、体調が良かったので気まぐれに「よ~し、今日は休憩ナシで一気に1000m泳げるかやってみよう」とチャレンジしてみたら、なんとあっけなくしっかり泳げてしまった。時計をみると、スタートから30分が過ぎていた。30分で1000m・・・自己最高記録達成である。

こう書くとなにやら自慢みたいになってしまうけど、決してそんな気持ちではない。
自分がやれたことを凄いと思ったのではなく、「サボり癖のついたこんな出っ腹体型でも、鍛えれば、まだまだちゃんと応えてくれるじゃないの!」という驚きが心から嬉しかったのだ。

こうなるといろいろ新しい事もやってみたくなる。ベテランさんがバタ足せずに腕だけのクロールで泳いでいるのを真似してやってみたらなんとかできた。ノーブレス、つまり息継ぎ無しで25m泳げるだろうか?と、じっくり呼吸を整え思い切り息を吸い込んでダッシュしたら、これもクリアできた。

ただ、勘違いしてはいけないのは、私の体力がやっと人並みになっただけのこと、という点だ。元々の出発点がスタートラインはるか後方だったわけだから、ようやく人並みのスタートラインに立てただけのことである。これからがやっと本当のスタートなのだ。

そうそう、大事な事を書き忘れていた。肝心のダイエットの方は、この一年間でたったの5キロほどだった。減量できなかった理由は、はっきりと断言できる。泳いだ後、サウナ室でたっぷり汗を流すのが習慣になっていたのだが、汗をたくさんかくと夜のお酒がこれがまたメチャクチャに旨いんですよぅ、旦那!。当然、ツマミもガツガツ食うし、運動して腹減ってるからメシもたらふく食っていた。これでは減量どころではない。事実、泳ぎ初めて数ヶ月は、この酒量ゆえに体重が少し増えてしまったという情けなさである。

まぁ、これも「ダイエットするための運動が可能な体力を身に付けることができた一年間」と思えばそれで良いではないかと思っている(なんて都合のいい解釈、とも言えますけど)。
さあ、これからは食事療法もやってみようかなっ!、ということで、哀愁の中年ダイエットの話はこれでおしまいです。

う~ん、ここまで書いたら腹へってきましたがな(^^)



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