サン・テグジュペリの名作「星の王子さま」の続編を書いてみました。





(1)

 王子さまが、ふるさとの星を旅だって星めぐりを始めた頃、残された王子さまの花は毎日とても寂しい日々を送っていました。

 何しろ話相手がいないものですから、始終「寒いわ」とか「だれかこないかしら」とかひとりごとをつぶやいていました。
「そうグスグズなさるなんて、じれったいわ、もうよそへ行くことにお決めになったのだから、行ってしまいなさい、さっさと」

 あの時、強がりでこんなことを言ってしまった花でしたが、泣き顔を王子さまに見せたくなかっただけなのです。強がりやいじわるを言ってはいても、本当はやさしい花でした。毎日、王子さまの旅の無事を祈っている花でした。

「あたくしもばかでした。あたくし、あなたにいじわるしたこと、後悔してるんですのよ。本当にあの時はごめんなさいね。本当はあなたと仲よくなりたかったんです」

王子さまが戻ってきたら、第一番にこう言おうと花はずっと前から心に決めていました。時々、このことばを忘れないように何度も口に出してみたりしました。花は心のどこかで王子さまが帰ってくるのを信じていました。でも当分、そんな気配はないようです。花にできるのは、ひたすら待ちつづけることしかありませんでした。

そんなある日、花は、自分の身に何やら小さな、白くて丸いものがくっついているのを見つけました。それは、花の知らないうちにどこからか飛んできたチョウチョウの産み付けた卵でした。

 花は卵のかえる日を今か今かと待ちました。ひょっとしたら、いい話し相手になってくれるかもしれません。
 やがて卵から一匹のケムシがでてきました。といっても、まだとても小さく、花には動いているのがやっと見分けられる程度でした。ケムシはすぐに花の葉っぱを食べ始めました。花は自分の身体がかじられるのはいやでしたが、これも友だちをつくるためだとじっと我慢しました。

 そのかいがあって、ケムシは日ましに大きくなっていきました。
「あんた、この星でひとりで生きているのかい?」
 ある日、ケムシはこう花に聞きました。
「ええ、、今はそうよ。だけど少し前まではここには王子さまが住んでいらしたのよ。毎日あたくしのことをそれはそれは親切に世話してくださってたのよ……だけどあたくしがわがままだったものだから……」
「あんた、その王子さまに捨てられたってわけかい」

 花はそれを聞くと、たいそうきまりわるがりましたが、やがてこう言いました。
「あたくし、王子さまが帰ってきてくださると信じてますの。捨てられたなんて思っていませんわ。あたくし、これでもひどく反省してますのよ」
「だけど、いつ帰ってくるのかわからないんだろ」

花は黙りました。そしてこれ以上弱みをつかまれるのがいやで、ケムシにこんなことを言いました。
「それにしてもあなた、あんまりいいかっこうしてなさらないわね。ぶよぶよで毛むくじゃらで、真っ黒で!」
「なんとでも言えばいいさ。今はあんたの言う通りだけど、おれはいつかきれいな羽のチョウチョウになるんだからね。今はその時のための仮の姿さ。全然気にしちゃいないよ」
「それ、本当ですの? 信じられないわ」
「まあ見てなよ。今におれのきれいな姿見せてあげるから」

 ケムシの言ったことはうそではありませんでした。毎日葉っぱを食べ続けたケムシはやがて口から白い糸を出して体に巻き始めました。そしてくきにくっついたまま固くなって動かなくなりました。ケムシはサナギになったのです。

 花はサナギがいつチョウチョウになって出てくるのか、とても気になりました。せっかく話し相手ができたと思ったのに、ケムシはそれから何日も何日もピクリと動くことさえありませんでした。花はひとりぼっちと同じでした。朝、目が覚めてサナギを見ると何かしら寂しさがうすらぐように思えるのが、ひとりぼっちとほんの少し違うところでした。

 花はしんぼう強く待ち続けました。
 ある日、お日さまが真上に昇った時分のことでした。花は毎日見なれたサナギの様子がいつもと違うことに気がつきました。

 じっと見ていると、中からまぎれもないチョウチョウの頭がゆっくりと抜け出てきました。チョウチョウは一度、大きく伸びをすると、今度はモゾモゾと身をゆすりながら小さく折りたたんである羽を出しにかかりました。外の世界へ出たばかりのチョウチョウの羽はクシャクシャで、まるで丸めたちり紙のようでしたがやがて見る見るうちに四方へ広がっていきました。白地に大小さまざまの水玉模様の入った羽がしだいに形になっていきました。

小さなサナギの中にどのようにして入っていたのかが不思議なほど、それは大きな羽でした。もうケムシのおもかげはどこにも見られません。
 花は充分に広がりきったその羽を見て、きれいだと思わずにいられませんでした。

「こんにちは。おひさしぶりね。あなたの羽、とてもきれいですわよ。あたくしがこの星で初めて花を咲かせた時と同じくらいきれいですわ」
「やぁ、ありがとう。だけど、あんたのその言い方、何か気に入らないな。どうして自分の時と比べなきゃならないんだい。でもまあいいさ。あんたの葉っぱのおかげでおれはチョウチョウになれたんだからな。ところでおれ、今出てきたばかりで腹ぺこなんだ。あんたの蜜、おいしそうだな、少し飲ませてもらえないかい」

 花はチョウチョウが何でもあけすけに言うことが少しばかり気にさわりましたが、大事な話し相手です。こんなことでいざこざは起こしたくありません。そう考えた花はチョウチョウに思う存分、蜜をごちそうしてやりました。

「ところで、あんたの王子さま、戻ってきたかい?」
「帰ってきてたら、あなたに真っ先にお知らせしますわ。そんなこと、あたくしを見ればおわかりでしょう?」
「そうだね、すまなかったよ。だけどあんた、その口のきき方、よくないと思うよ。王子さまが出ていったわけ、おれ、わかるような気がするなぁ」

 花はいきなり、自分の弱みを言われたのでびっくりしました。自分でも分かっているですが、他から言われると、その何倍も傷つきました。
 花は、王子さまが帰るまでに何としてでも素直な性格になろうと心に決めました。



(2)

 「おれ、そろそろ、この星出ていくことにするよ」
 ある朝、突然、チョウチョウは花にこう言いました。

チョウチョウは、言いにくそうに話を続けました。
 「おれ、ほかの星のことや、そこにあるいろんな花とも友達になりたいんでね。いつまでもあんたといるわけにはいかないんだ。あんたの蜜、とてもおいしかったよ。どこかの星で、あんたの王子さま見つけたら、きっと知らせるよ」

 チョウチョウは、ここまでいって、なにやらもたもたしていましたが、やがて、決心して言いました。
 「じゃあ、さようなら。王子さまが戻ってくるのを祈ってるよ。達者でね」

 花はいつかはこうなることが、最初からわかっていました。チョウチョウが、たったひとつの花で満足するわけがないのです。
 本当はいつまでもいて欲しいと願う花でしたが、やがて、きっぱりと、「さようなら、お元気でね」とだけ告げました。

 花はまたひとりぼっちになりました。



(3)

ところで、王子さまの星には、いろいろな草木の種が眠っていました。花の種なら、いくら芽を出してもかまわないのですが、その中に、いくつかのよくない種が眠っていました。芽を出すとすぐに大きくなり、根が星をつき通し、ついには破裂させてしまうという、あの恐ろしいバオバブの種でした。

 その種のひとつが、よりによって、王子さまの留守中に目を覚ます気になったのでした。

 花は、日ごとに伸びていくバオバブが、気が気でなりません。何とか根だやししたいのですが、あいにく花には地面を歩く足がありません。はらはらしながら、早く王子さまが戻ってくるのを祈るだけが、花に出来るただひとつのことでした。 

 ところが、バオバブは、ある日突然伸びなくなりました。花はそれを見て安心しましたが、すぐにそれが、とんでもない間違いであることに気づきました。
 バオバブは、あとで一気に大きくなっても倒れないように、地中深く根を伸ばしにかかっているのでした。もう伸びないふりをしながら、しっかりと、これからの準備を整えているのでした。

 いつかも言いましたが、いいことも、悪いことも、かんじんの所は目に見えないのです。草や木を見るとき、人はたいてい、地上に見えている姿だけを見て、きれいだとか、大きくなったとか言います。けれども、地面の下では、上に伸びているのと同じぐらいの量の根が伸びていて、倒れないようにしっかりと体を支えているのです。とても簡単なことなのですが、根の見えない人は、意外に多くいるものです。

 バオバブは、再び目に見えて大きくなり始めました。このままでは星をつき通してしまうのも時間の問題です。恐ろしい勢いで伸びていくバオバブを前に、花はなすすべを知りませんでした。武器だと信じていた四つのトゲも何の役にも立ちません。王子さまがいなければ、あまりに無力な花でした。



(4)

 花は、それまでに増してますます王子さまを待ちこがれました。今にも自分の背を追い越そうとしているバオバブを横目に、一日中、遠くの空ばかり見つめていました。 時おり大きなため息がもれました。
 ある朝のことでした。そんな花に追い討ちをかけるように、またひとつ悪いことが起こりました。

その日、花は小さな地震で目が覚めました。
 はっとして見ると、三つあるうちのひとつの火山の様子がいつもと違います。王子さまがいて、七日に一度すすはらいをしていた頃には、おとなしく小さな煙を吐いていた活火山でしたが、今朝はモクモクと、今まで見たこともないようなたくさんの煙を吐いています。

 花は気も狂わんばかりに驚きました。
 突然、重い地ひびきと共に、火口から、まっかな火柱が噴き上がりました。一緒に飛び出した小石や灰が、あたり一面に散らばり落ちました。その後からドロドロした溶岩が、四方に流れ出ました。花は全身灰だらけになりました。溶岩が根もとまで迫ってきているのに逃げられない花の気持ちを思ってもみてください。

 あまりのことに、花は気が遠くなりました。もうすべておしまいだと思いました。気を失う寸前、花は「助けて、王子さま!」と大声で叫びました。すると一瞬、どこからか王子さまが近づいてくるのが見えたような気がしました。

 ついに花は、それっきり気を失ってしまいました。



(5)

 それから、どれほど時間がたったのでしょうか、花が正気づいた時には火山の噴火はすっかりおさまっていました。

 幸いなことに溶岩は花のすぐ近くまで来たところで、さめて固まっています。
 花は少し安心しました。どうやら命だけは助かったようです。

 すると驚くではありませんか。
目の前で王子さまが噴火のあとしまつをしているのです。花は目を疑いました。しげしげと王子さまの後ろ姿を見つめました。夢ではありません。長い間待ちこがれていた王子さまがとうとう帰ってきてくれたのでした。

「やあ、気がついたかい。ごめんよ君をこんな恐い目に遭わせて。ぼくのいない間にこんなとんでもないことになってしまって……」
「あの……おかえりなさい。あたくし……」

 花は王子さまが戻ってきたら最初に言おうと心に決めていたことばを思い出そうとしましたが、あまりのうれしさにうまく頭が回らないのでした。
「いいんだよ、何も言わなくてもぼくにはわかるんだから。悪いのはぼくの方だったんだ。待っててね。今、水をかけてあげるから」

 王子さまはジョウロで水をたっぷりとかけてあげました。花にとってそれはひさしぶりのごちそうでした。身体についた灰を流してもらって、元通りのきれいなすがたになりました。
「水は心にもいいものなんだよ」
 王子さまは、あの砂漠での飛行士との出来事を思い出しながら花に言いました。



(6)

 王子さまが火山の爆発と同じくらい驚かされたのが、膝の高さにまで伸びていたバオバブの木でした。

 王子さまはバオバブを見るなり、あわてて引き抜こうとしました。けれどもバオバブの根はかなり下まで伸びてしまっていて、とても芽が出てすぐのバオバブのようには抜けません。

 王子さまは、シャベルで根元を掘ってみようと考えました。
 けれども、いくら掘っても根は下に続いています。
王子さまは、ころあいを見てもう一度引き抜こうとしました。両足をふんばり、顔をまっ赤にして、持っている力を全部出しきるまでバオバブをはなしませんでした。

 「がんばって、だけどあまり無理なさらないでね」
 と、花は王子さまを気づかいました。

 突然、ミシミシと大きな音がして、王子さまは後ろにひっくり返って、ドシンと大きな尻もちをつきました。王子さまの手にはバオバブが、しっかりにぎられていました。

 「ふう、あぶなかったな。もしもう少しぼくの帰るのが遅かったら、ぼくの力では抜けなかったかもしれない。火山にしても、このバオバブにしても、ぼくが手入れをしなかったらこの星はメチャメチャだ。帰ってきて本当によかった」
 王子さまは汗をふきながら、大きなため息をつきました。



(7)

 さて、星の手入れがだいたい整うと、王子さまは飛行士に書いてもらった羊を、はこから出してやることにしました。

羊を見ると、花はたいそう怖がりました。
 「あたくし、トゲを持ってますから大丈夫だと思うんですけど、ひょっとしたら、いきなり食べられちゃうかもしれませんわね」

 王子さまは笑いました。
 「大丈夫さ、ぼく、きみのこと考えて羊につける口輪も書いてもらったんだ」
 ところが口輪をつけようとした時、王子さまは、それに革ひもがついていないことに気がつきました。きっとあの飛行士が書くのを忘れたのです。これではとても口輪をつけるわけにはいきません。

 王子さまは考えた末、羊に口輪をつけるかわりに、花の回りに丈夫な柵をつくることにしました。

 柵は三日かかって完成しました。そこで王子さまは羊を箱から出してやりました。
 やっと外へ出ることができた羊は、大よろこびで星を駆け回りました。すぐに草を食べ始めました。羊は小さいバオバブなら、なんなく食べてくれます。王子さまは、この羊のおかげで、もうバオバブにてこずらなくてもすむようになりました。



(8)

 王子さまは、いろいろな星をたずねたことや地球で体験したことを花に話して聞かせました。中でも花が驚いたのは、地球のある庭に咲いていたという五千ものバラの花の話でした。王子さまの話では、その花は全部、自分と同じ姿をしているというのです。

 自分のような花は世界にひとつしかないと信じていた花は、それを聞くとひどく悲しくなりました。

「実はね、ぼくもはじめは悲しくなったんだ。だけどそのあと、あるキツネと友だちになってね、とても大切なことを教えてもらったんだ。そのキツネはぼくと会うまでは他の何千何万というキツネと、ぼくにとっては同じだったんだ。だけど一度友だちになってしまうととね、とたんに他のキツネとは違ったキツネになるんだ。ぼくはそのキツネの言うことを親身になって聞いてあげたけど、友だちになってない他のキツネの言うことなんか聞く気になれないよ。ねっ、それと同じなんだ。姿は同じだけれど、ぼくにとって君は地球の五千のバラとは全然違うものなんだ。ぼくは君と仲良くなった。だからぼくには君を守ってあげる責任があるんだ。ぼくは君との約束を守るために戻ってきたんだ」

 それを聞くと花は胸が熱くなって涙が出てきました。王子さまが旅立つ時でさえ涙を見せるのをいやがった花でしたが、今は王子さまのすぐそばで思い切り泣いてみたいと思うのでした。

 ひとしきり泣いた後で、花は王子さまにこう言いました。
「あたくし、バカでした。わがままばかり言って気の強いふりしてましたけれど、本当は泣き虫なんですの。あの時はごめんなさいね」
「なに、いいんだよ。ぼくもあの頃は君を愛するってことが分からなかったのだから。ぼくこそ君を一人にして悪かったよ。もうぼく何があっても君のそばを離れないよ」

 こうして王子さまと花は、今やっと互いの心が通じ合ったことを知ったのでした。



(9)

 ところで、王子さまと砂漠で別れてからのぼくはと言えば、相変わらず世界中の空を飛び回っていました。 ぼくが王子さまと友だちになって、サハラ砂漠でさようならをしてから、もう何年もたっていました。

 その間ぼくは、エンジンが故障したり、燃料がなくなりかけたり、いくども危ない目にあいました。一度などはそのまま海に突っ込んでおぼれかけたこともありました。砂漠に墜落した友だちを助けに行って飢え死にしそうになったこともあります。その時は砂漠に墜落して難しい修理を一人でやってのけた経験がとても役に立ちました。

 家に戻ってひとりになると、ぼくは毎晩のように空を見上げます。そして星に帰った王子さまのその後のくらしについて、いろいろ思いをめぐらせるのです。ぼくは王子さまの星が空のどのあたりにあるのか知りません。なにしろあまりに小さな星なものですから、目で確かめるわけにはいかないのです。けれどもこの空のどこかに必ず王子さまの星があるのだと思うと、ぼくは何かしらうれしくなるのです。ある時、友人がぼくに星を見て何がそんなにおかしいのかとたずねました。

 ぼくは「そうさ、ぼくは星を見るといつも笑いたくなるのさ」と答えました。すると友人は、ますます不思議そうにぼくの顔を見つめるのでした。



(10)

 ある日、ぼくはふと手にした新聞で、とても耳寄りな話を知りました。ぼくは、その記事を読んだとたん、ひどくうれしくなってしまい、そわそわと落ち着かなくなりました。

トルコのある天文学者が1909年に望遠鏡で一度見たきりという王子さまの星、B-612番が、同じ天文学者によって再び発見されたのです。しかも今回は前の時の何百倍という大きさに拡大して見ることができたというのです。ひょっとすれば王子さまの姿を見ることができるかもしれません。

 いても立ってもいられなくなったぼくは、飛行機でトルコへ飛んで、その天文学者の研究所をたずねました。

 ぼくがわけを説明すると天文学者はこころよくぼくに望遠鏡をのぞかせてくれました。その望遠鏡は最初にB-612番を発見した当時のものとはずいぶん違う恰好をしてました。初めての発見から数十年の間に天文学者は工夫を重ねて、前とは比べ物にならないくらい大きく見える望遠鏡を発明したのでした。

 ぼくはドキドキしながら望遠鏡をのぞき込みました。
 すると王子さまの星が目の前いっぱいに、まるですぐそばにあるかのように、ぼくの目に飛び込んできました。

 王子さまが花と話をしています。羊が草を食べています。火山が静かに煙を吐いています。王子さまの星のようすが何から何まではっきり見えるのです!

 あまりのことに、ぼくはもう少しで王子さまに大声で呼びかけるところでした。無事に星に帰った王子さまの姿を自分の目で確かめることができたのですから。ぼくの喜びはたいへんなものでした。いつまでも望遠鏡のそばを離れることができませんでした。

 ぼくは天文学者からB-612番のある場所を詳しく教えてもらいました。何度も何度もお礼を言ってやっとのことで家路につきました。



(11)

 いつの日からか、ほくは王子さまにもう一度会いたいと考えるようになりました。その思いは日ごとに強くなります。

 ある晩、ぼくは星を見ながら、とんでもないことを思いつきました。
 ぼくの飛行機で王子さまの星まで出かけてみようというのです。望遠鏡を通して王子さまの姿をはっきり確かめたことが、ぼくをそう決心させたのでした。

 翌日から、ぼくはシゴトの合間をぬって念入りに飛行機の点検をしました。何しろ地球の外にある星まで行こうというのです。ちょっと隣の国までというわけにはいきません。燃料もたくさんいるでしょうし、エンジンだってもつかどうかわかりません。

 ぼくは計器や機体を何度も調整し直しました。いつ出発してもいいように、何人かの友人達たちに手紙を出しました。ぼくの話を信じてくれるかどうかわかりませんが、誰かに信じてもらいたかったのです。

 そんなある日、ぼくは地中海への偵察飛行の仕事をすることになりました。偵察飛行というのは。空の上から地上をながめて、どこに何があるのかを詳しく調べるのです。
 僕は地中海の上を自由自在に飛び回り、首尾良く仕事を終えました。あとはこのまま飛行場へ引き返せばいいわけです。

 けれども僕には大事な目的がありました。ぼくはそのままぐんぐん高度を上げていきました。偵察の仕事を途中でほったらかしにするなんて、決していい事ではありません。けれどもぼくは、この時の事を考えて友人に手紙を出しておいたのです。みんなはほくが行方不明になったと思うでしょう。でもぼくの友人の誰かは本当のことを知っているのです。

 ぼくはどんどん飛び続けました。
 いつしか雲ははるかな下になり、まるで地球にへばりついているかのように見えました。空からの地球のながめは全くすばらしいものでした。全体がうっすらと青く、まるで内側から光っているかのようです。薄い雲がところどころを覆っています。広くて白く見えるところは砂漠でしょう。あちこちにある褐色になったところは、人が大勢住んでいるところです。けれどもこの高さから見れば一人の人間なんてあまりにちっぽけです。ぼくは改めて地球の壮大さを知りました。



(12)

 ぼくには王子さまの星へ行く前にぜひ立ち寄ってみたい星がありました。
 昔、王子さまが五番目にたずねたという点燈夫の星でした。王子さまは他にも王さまや、うぬぼれ男や、呑み助、実業家、地理学者の星をたずねたのですが、王子さまにこっけいに見えない人といえば、この点燈夫だけだったのです。

 ぼくは王子さまからこの点燈夫の話を聞いた時、なんとかして仕事を休む手助けをしてやりたくなったのでした。点燈夫は相変わらず忙しく働いていました。
 ひと目見て、ぼくは彼がひどく疲れていることがわかりました。
「こんにちは」
「やあ、こんにちは」

僕は点燈夫に、ぼくがたずねたわけを話しました。
「もしできるならそう願いたいね。や、おはよう。あの王子さまが来た頃にゃ、この星は一分間にひとめぐりしてて、それでもたまらなかったのに、今じゃ30秒にひとめぐりしちまうんだ。何しろとんでもない仕事だよ。や、こんにちは。もう汗ふいてるひまもないよ」
 ぼくはさっそく考えていたことを実行に移しました。街灯と飛行機をロープで結んで、星の回転を逆方向に引っ張ろうというのです。

 ぼくはエンジンを全開にして思い切り星を引っ張りました。
 ロープをゆるめると、星の回転はピタリと止まってしまったかに見えました。けれどもやがて再び元の方向にゆっくりと回転し始めました。

「さあ、これで24時間にひとめぐりに戻ったよ」
 点燈夫はこれを見るとずいぶん喜びました。
「ありがとう、感謝するよ。これでやっと仕事を休めるし眠る事もできるよ。うれしいなぁ。横になれるなんて本当に久しぶりのことだ」
こう言って点燈夫は横になるなりそのままぐっすりと眠り込んでしまいました。

 ぼくは満足してそこを飛び立ちました。



(13)

 ぼくは、王子さまがたずねた他の星へも行ってみようかと思いましたが、すぐにやめました。何しろ、あの王子さまが、こっけいで得るものが何もないと言った人たちが住んでいるのです。ぼくが言っても何にもならないに決まっています。

 ぼくは、いよいよ王子さまの星へと急ぎました。
 ぼくのすがたを見ると、王子さまは、ひどく驚いた様子でした。ぼくはぼくで、あまりのうれしさに胸がつまってしまって、しばらくは、何も言うことが見つかりません。
 「きみ、ぼくに会いに来てくれたんだね。驚いたよ、本当に。あまり急なんだもの。でもうれしいな、きみが来てくれるなんて」

 こうしてぼくは王子さまと再会することができたのでした。
 ぼくは王子さまから花を紹介されました。地球で王子さまが、しきりに話してくれた、あのバラの花でした。

 「よかったね、花との約束を果たせて」
 ぼくが言うと、王子さまは笑って大きくうなづきました。
 ぼくと王子さまは、砂漠で別れてからのことや、今の生活についてなどを、ことこまかに話し合いました。花も負けずに、ぼくに、王子さまの留守中に起きたことを話してくれました。

 ぼくは、あの時、羊の口輪に革ひもを書き忘れたことを話すと、王子さまは、花の回りに作った柵を自慢げに見せてくれました。
 そうこうしているうちに、ぼくは、王子さまが、再び旅に出たがっていることを知りました。
 「ぼくは毎日、朝起きると地面を掃除する。花に水をあげる。それから一週間に一度、火山のすす払いをする。毎日、同じことのくり返しなんだもの。悪いことが起きないかわりに楽しいことも起きやしない。平和でいいかもしれないけれど、人間が生きていくっていうことは、そんなものじゃないような気がするんだ」

 ぼくは、ぼくの飛行機で一緒に旅を続けようかと提案しました。
 そのとき、「あたくしはどうなりますの」と花が口を出しました。
 王子さまは、しばらく何やら考えていましたが、やがて、どこからか、一つの植木鉢を持ち出してきました。

「きみが、ここに移ってくれたら、ぼく、どこへ行ってもきみと一緒にいられるんだけど・・・」
 花は「王子さまと一緒にいられるのなら、あたくし別にかまいませんわ」と、何でもないことのようにいいました。

 そこで、ぼくと王子さまは、長い時間をかけて、ていねいに花を植木鉢へ移しました。
 一匹ではかわいそうだというので、ぼくのあげた羊も連れていくことにしました。
 準備はすぐに整いました。
 操縦席のぼくの後ろに、花をかかえた王子さま、そしてその後ろに羊が乗り込みました。
 こうしてぼくと王子さまと花の、新しい旅が始まりました。



(14)

 ぼくたちは星の見物を始めました。
 一番目の星には、二人の男が住んでいました。ぼくたちは一目見て、その二人の仲が良くないことがわかりました。

彼らは自分たちの間に大きな柵を作って、お互いに自分の領地を守るために、毎日にらみ合っているのです。そして互いに相手の領地に大砲の先を向け合っていました。ぼくたちには、二つの大砲は同じ大きさに見えましたが、二人は、どちらも、相手の方が大きいと言い争っているのです。大砲は、いつでも玉が出るようにされていますが、今までに撃ったことはありません。もし二人で撃ち合えば、星全体が、こなごなになってしまうのを知っているからです。それでも二人は、にらみ合いをやめようとはしないのでした。

 「ひとつの星に住んでいるのに、どうして仲良くできないんだろう。毎日こんなんじゃ疲れるだろうになあ」と王子さまが言いました。ぼくも本当にその通りだと思いました。



(15)

二番目の星には、一人のおばあさんが住んでいました。いすにすわって、お茶を飲んでいました。

 「こんにちは」と王子さまが言いました。
 「やあ、こんにちは」とおばあさんが言いました。
 「そこで何してるの」
 「何もしてないよ、お茶飲んでるだけだよ」

 おばあさんには、本当に、何もすることがないのでした。お茶は飲みたくて飲んでいるのではなく、退屈しのぎに飲んでいるだけなのです。

 「おばあさん、どこかわるいの」
 「どこも全然わるくないよ。わたしゃあ、この歳まで病気なんてしたことないよ。おかげで今まで生きてこれたんじゃが、あいにくすることがないときてるんだよ。いくら長生きできても、これじゃ死んでるのと同じことじゃよ」

 王子さまは、おばあさんが、かわいそうになりました。そこで連れてきた羊をあげようと思いつきました。羊を育ててもらうことで、生活に活気を取り戻してもらおうと考えたのです。

 「いい考えだと思いますわ」と花がいいました。もちろんぼくも同じです。ぼくの書いた羊が、こんなところで役に立つなんて思ってもみなかったことでした。

 やっと、することの見つかったおばあさんは、大喜びで羊の世話に精を出し始めました。
 ぼくたちは安心してその星を飛び立ちました。



(16)

 王子さまと花とぼくは、それからずっと旅をつづけています。ぼくたちが、この先、どこへ行くのか、そして何が待っているのかはわかりません。

 ひょっとしたら、ある晩、ひょっこりあなたの部屋をたずねるかもしれません。
 そのときは、驚かないで、どうかぼくたちの話し相手になって下さい。王子さまと友だちになってあげて下さい。

 ぼくは、王子さまがきっとあなたのすばらしい友だちになれるものと信じているのです。

(おわり)



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