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★現在のSE/30

 それでは、SE/30そのもののディテールと、購入後のことを少し書いておきましょう。
 これが現在の姿です。キーボードは最初に買ったのとは変わっています。いずれ、キーボードについては別のページに書く予定ですが、当時のキーボードはプローズの広告にもあったように「標準キーボード」でした。これが、Appleの歴史の中で最高に出来のいいキーボードでした。このため、その後、メインマシンが変わっても、このキーボードは常に辻本の机の上で、一日も休まず働いています。現在は7600/G3とつながっています。
 ということで、SE/30には別のキーボードを買ってやりました。それがここに写っている「GSキーボード」です。これはもともとMac用ではなく、Apple II GS用なんですが、Macでも使えます。そして、これも伝説的に人気のあるキーボードです。辻本は、標準キーボードのほうが好きなのですが、GSキーボードが最高だという人も多いようです。その引き締まったコンパクトさはSE/30によく似合います。
 
 マウスはいわゆる「角マウス」です。マレーシア製の白玉です。真ん中の日焼けしているのがSE/30に使っているマウスですが、最初から付いていたものかどうかは自信がありません。後に買ったQuadra700についていたものかもしれません。右のきれいなマウスは新品同様です。左は7600に使っているマウスです。
 古い角マウスにも熱心なファンがいますが、辻本はどちらもそれなりに気に入っています。
 右側の写真はケンジントン社製のマウスポケット。角マウス専用で、純正品のようにぴったりとフィットします。ベルクロテープで本体に貼り付けるようになっており、外すことも出来ます。(本体側にテープがのこりますが。)
 
 左は全面のAppleロゴと機種名。Lombardなど最近の機種にはこの6色リンゴがついておらず、やっぱり淋しい気がします。リンゴマークの下、縦のスリットに隠れるように刻まれているのは画面の明るさを変更するつまみのマークです。
 右は、本体の左側面後方についているリセットスイッチとプログラマーズスイッチです。この二つのマークは最新のiMacでも復活したようですね。
 背面の端子類はこのとおり。左からADBが2つ、外付けフロッピー用、SCGI、シリアル(プリンタポート&モデムポート)、音声出力です。ADBが2つあるため、キーボードとマウスをそれぞれに差しています。バーコードの上にある長方形の部分は、内部のPDSスロットにカードを差したときのインターフェース部分のふたです。電源コードの右側が電源スイッチ。SE/30はキーボードから電源オンができず、後ろに手を回して電源を入れる必要がありました。

★パソコン生活スタート

 さて、1991年12月2日、神戸のプローズでSE/30と一緒に買ったのはStyleWriterとHyperCard2.0Jでした。5日には大阪にできたばかりのT・ZONEでEGWord 4.2(4万5000円)とパラメトリックフォント(1万6000円)、ソフマップのMacCollection店でとAfterDark2.0E(6800円)を購入。そして11日には同じくMacCollection店で、念願のファイルメーカーII(6万円)、20日にも同店でNorton Utilities for Macintosh(NUM)1.1E(1万9380円)を買いました。これが最初のソフト環境でした。今、こうして書いてみて、当時のソフトは高かったんだなあと思います。
 当時も何種類か出ていたワープロの中からEGWordを選んだのは、日本語入力プログラム(今で言うInput Method、当時はFront End Processor、略してFEPとよんでいました)にEGBridgeを使いたかったからです。SE/30のシステムは漢字Talk6.0.7で、純正のFEPである「2.1変換」は、賢くないというのが定説でした。そして下調べの結果、EGBridgeの高速性が高く評価されていたからです。
 パラメトリックフォントというのは、ちょっと説明が必要です。このころはまだTrue Typeのフォントが無く、美しく印刷しようと思うと何万円もするPostScriptフォントが必要でした。パラメトリックフォントはその代わりとなるもので、安価に美しく印刷するための必需品でした。
 AfterDarkは当時から有名でした。モノクロでもやはりトースターがベストです。またNUMも定番ソフトでしたが、まだ日本語版が無く、英語版に日本語説明書付きという形。不具合を発見して英語のダイアローグがでるたび、説明書を開いて該当部分を探したものでした。

 こんな環境で辻本のパソコン生活が始まりました。最初はとにかく蔵書カードの入力作業を延々と続けました。データベースの項目は、このとき使っていた蔵書カードをそのまま移しました。画面はSE/30の9インチ画面をいっぱいに使う形です。出版社名など、何度も繰り返す名前も短縮登録をせず、タッチタイピングの練習のつもりで、その都度ぜんぶ打って変換していました。
 こうして完成した蔵書録はファイルメーカーのバージョンアップとともに修正を繰り返しながらも、基本的な構造を変えずに現在まで引き継がれています。現在の姿はこんな感じです。原寸大でも見て下さい。このサイズがほぼSE/30の画面サイズだったんです。


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