“スタンディング・オベイション”フォ・ライフ。
株式会社 椒房庵
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(「広辞苑」より)
立ち飲み用語の基礎知識
あしだい【足台】
立ち飲み店のカウンターの足元には、よく一段高くなっている部分があるが(立ち飲みのショットバーなら、文字どおり足元にも「バー」がある)、あれは片足を乗せるためのもの。ときどき乗せている足を左右換えてやると、長時間立ちっぱなしでも疲れない。
おあいそ【お愛想】
「お勘定」のこと。アルバイトの店員が「お愛想してくれ」と言われてどういう意味かわからず、客に向かってニッコリほほえんでみせた、という笑えない話もある。元来は飲食店(寿司屋?)の業界用語。「お客様、お金の話など誠に愛想のないことでございますが」に由来した店員同士の符丁であるから、客が使うのはヘン。博多の屋台オババ説によると、「愛想尽かされるようなものしか出せなくてすいません」を意味する店の謙譲語であるから、客は使ってはいけないそうだ(土産をもらう側が「つまらないものを、ありがとう」と言うようなもの)。『語源由来辞典』によると、『おあいそは、本来、お店側が「お愛想がなくて申し訳ありません」などと断りを言いながら、お客に勘定書を示していた言葉である。(中略)お勘定の意味としてお愛想が使われ始めたのは、庶民の暮らしや流行などの情報を掲載した明治時代の雑誌「風俗画報」95号の中で、「勘定をあいそといふなど尤も面白く存じ候ふ」と京都の流行として紹介されたものが、全国に広まったためと考えられている。』とある。小僧寿しチェーンHPの『お寿し大辞典』によると、『食事(寿しを食べている時)は楽しいからニコニコしているけれど、勘定書を見せられると「高いな」と愛想を尽かす。それで、店側が勘定書のことを“愛想尽かし”と呼び始め、それを略して「お愛想」と言うようになって、いつの間にかお客のほうも遣うようになりました。』とある。大阪では「ごちそーさん」という言葉を「お勘定」の合図にしている人も多い。「ごちそーさん」と言っているのに計算を始めない素人の店員相手には、はっきり「お勘定をして」と言った方が、お互いのためである。混んでいる立ち飲みでは、左右の人差し指で小さな×印をつくって「〆てくれ」と合図するのも方法。
おおさかじん【大阪人】
100円安くなるのなら、大喜びで立って飲みのが大阪人。逆に、100円払えば座れるのなら、惜しげもなく100円払い、座って飲むのが東京人。立ち飲みのリズムのよさが、大阪人のいらちの気風に合っている、という説もある。世界では、ロンドンのジェントルマンと大阪のオッサンが、立ち飲みの両雄。ちなみに、大阪人はその浮いた金でもう一杯飲む。これを大阪弁で、「ケチ」ではなく、お金を「始末する」と呼ぶ。
おかんじょ【お勘定】
「お愛想」に同じ。
かくうち【角打ち】
酒小売店のレジカウンターで飲むこと。東京の“酩酊コック”こと渡辺氏の情報による。大阪では言わない。この言い方をするのは、どうやら東京、それから九州(福岡)などらしい。
週刊朝日のY記者から聞いた話では、本来「角打ち」とは、升酒を飲むこと。升で酒を飲むとき、その角を口にあてて飲むことに由来するらしい。転じて、(カウンターの)角で酒を飲むから、角打ちと呼ぶようになったとか。
高橋さんという方からいただいた情報によると
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『日本方言大辞典 上巻』(小学館 1989.3発刊)に記載がありました。
ただし、「かくうち」の意味の説明だけですが。
かくうち〔角打〕
(1)升に入ったままの酒を飲むこと。福岡県・熊本県下益城郡
(2)酒屋で立ち飲みすること。佐賀県・熊本県
《かくち》熊本県玉名郡 《かくうち酒》福岡市・佐賀県
(3)金銭を出し合って宴会をすること。大分県大分郡・北海部郡
《かくち》大分県玖珠郡
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「dancyu」99年12月号によると、昔、酒屋で量り売りをしていたころ、その量り売り用の升で店頭の客にちょこっと飲ませたというのが「升酒」→「酒屋での立ち飲み」に意味が転じた由来だとか。
大阪府下だけでも約7,000軒弱の酒小売店があり、そのうちの1/3の店が、大なり小なり「立ち飲み」をしているそうだ。
ところで、東京ではレジカウンターで酒を飲ませることを止めた小売店が多い、という話を耳にした。
<追記>
小学館の辞典「大辞泉」デジタル版に、『角打ち』の記述を見つけた。
短い文字数にまとめられた、昭和〜平成の庶民的な飲酒生活の貴重な記録である。
以下、その引用。
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かく‐うち【角打ち】
1 将棋で、角行の駒を盤上に指すこと。
2 (四角い升の角に口を付けて飲むことから)酒屋の店頭で升酒を直接に飲むこと。転じて、店の一角を仕切って立ち飲み用にすること。また、そこで飲むこと。
3 《「角」は「的」の意》弓矢や鉄砲で的を射ること。
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かくうちのがんそ【角打ちの元祖】
記録に残っている範囲では、江戸初期のころ、神田鎌倉河岸にあった「豊島屋」という小売りの酒屋。立ち飲みは、角打ちから始まった。詳しくは、下記【立ち飲みの始まり】参照。
かくうちとちゅうしんぐら【角打ちと忠臣蔵】
赤穂義士四十七士の一人で、高田馬場場の決闘で有名な堀部安兵衛。その安兵衛(決闘当時の名は、中山安兵衛)が、決闘の助太刀に駆けつける途中、高田馬場下の「小倉屋」(こくらや)という酒屋に立ち寄り、升酒を引っ掛けた、つまり、角打ちした、という逸話が残っている(元は講談話。古典落語としても有名。※歴史的には諸説あり)。時は、元禄7年(1694年)。角打ち&立ち飲み&居酒屋の元祖とされる「豊島屋」(下記参照)が営業を始めた200年後である。五合升で、三杯飲んだというから、この剣豪、かなりの酒豪。堀部立呑兵衛、堀部安酒兵衛とあだ名していいくらいの、酒飲みである。この「小倉屋」さん、江戸時代・延宝4年(1678年)の創業当時の場所のまま、いまでも小売りの酒屋さんとして、地下鉄早稲田駅前で営業中。残念ながら、角打ちはやっておられない様子だが。しかも、堀部安兵衛が酒を飲んだという由緒のある五合升が、いまでも家宝として店に伝えられているそうだ。昔話の重箱の隅をつつく、というのも無粋な話であり、立ち飲み好きとしては、ぜひ、その逸話を酒の肴に角打ちたいと思う。少なくとも、江戸時代の立ち飲み、角打ち事情が伺える第一級の貴重な資料だろう。なんと、五合升で、角打ちしてたんですね。江戸当時の日本酒は、いまよりかなりアルコール度数が低かったという話を差し引いても、大ジョッキで生ビールやチューハイ、ホッピーを豪快にあおる、現在の立ち飲み風景に通じるものがある。安兵衛も、空けた五合升を卓に、たん!と置いて、「ぷはっ〜主(あるじ)、もうひと升、所望いたす!」とか言ってのだろうか。
補足。「小倉屋」さんの隣は、夏目漱石の生家跡。「吉野屋」の前に建つ「夏目漱石生誕之地」の記念碑が、グーグルのストリートビューでも確認できる。「小倉屋」さんから記念碑前へと上がってゆく通りの名は、「夏目坂」。漱石の随筆『硝子戸の中』に、堀部安兵衛が「小倉屋」で升酒を飲んだ話が出てくる。『それから坂を下おり切きった所に、間口の広い小倉屋という酒屋もあった。もっともこの方は倉造りではなかったけれども、堀部安兵衛が高田の馬場で敵を打つ時に、ここへ立ち寄って、枡酒を飲んで行ったという履歴のある家柄であった。私はその話を小供の時分から覚えていたが、ついぞそこにしまってあるという噂の安兵衛が口を着けた枡を見たことがなかった。』
きゃべつたべほうだい【キャベツ食べ放題】
立ち飲みの串カツ屋では、普通、カウンターに盛られたキャベツは、無料の食べ放題である。串カツの某M葉屋では、串カツを全然食べずにキャベツばかりを食べていると、店のおっさんが背後に寄ってきて、ぼそっと「串カツ一口で、キャベツ一口」と言われるという説がある。
さろん【サロン】
一人客が多い、というのも立ち飲みの特徴。常連客が多い店では、よく一人客同士で話が盛り上がっている。立ち飲みは、いわば大阪のオッサンたちの“異業種交流会”であり、“立食パーティー”であり、“サロン”と呼んでも過言ではないだろう。
すたんでぃんぐいざかや【スタンディング居酒屋】
旧来の“立ち飲み”というイメージを嫌って、看板や暖簾に、「立ち飲み」ではなく、「スタンディング居酒屋」と称する店も増えてきた。個人的には、ヘンな和製英語みたいだし、そもそも「立ち飲み」という言葉に誇りを持てないのであれば、座り飲み居酒屋にすればよいと思うが。いっそ、「ジャパニーズバー」「ジャパニーズバル」「ジャパニーズパブ」と称するほうが、シンプルな気もする。
ずれる【ずれる】
カウンター全体が、一個の大きなテーブルのような立ち飲み店では、そもそも客全員が相席状態であるから、通常の意味での相席はない。どの客にも、明確な自分の「スペース」というものはなく、カウンター上のコップや皿という、居場所を保証するアバウトな「目印」だけが与えられる。混んでいるとき新しい客が入ってくると、店の人の「そこ入れたって」の一言で、客は席を移動するというより、本棚の本のように自然に“ずれる”。立ち飲み歴が長い人ほど、このずれ方が、より自然なようだ。長時間飲んでいると、いつの間にかカウンターの右端から左端まで移動していることもあるとか。
そーすにどづけおことわり【ソース二度付けお断り】
立ち飲みの串カツ屋では、当然、個人専用のソース付け皿というようなものは出てこない。ソースは大きなステンレスの入れ物に入れてカウンターの上にドンと置いてあって、客は串カツをそのソースにドボンと浸けてから食べる。当然、開店から看板まで、いろんな客がそのソースを共用するわけであるから、一口でもかじった串カツをもう一度ソースに浸けることは御法度になっている。全部のお客が守っているかどうかはわからないが、そんなことが気になる人は、立ち飲みに行かなかったらよいだけの話である。裏ワザとして、キャベツもしくは、もう一本の新しい串カツに多めにソースを付け、元の串カツにたらす、という方法がある。
だーく【ダーク】
混んでくると、店のおばちゃんが客に対して要求する言葉。並んだ客がカウンターに対して身体を斜めにして立つこと。客のその形が「ダーク・ダックス」に似ていることから言う。これで両手を広げれば、立ち飲みおっさんコーラスのオンステージである。3人がダークになると、新しい客が約1名は入れる勘定。カウンターに片方の肩が入るスペースさえ空いていれば、客席が1名分空いていることになるのが、立ち飲み店の常識。そのような状態でも、立ち飲み慣れた客なら他のお客さんに肘一つぶつけず酒を飲むことができる。(例)「ちょっとそこの兄ちゃんらダークになってんか!」古くは、新梅田食道街の「北京」で聞いた言葉であるが、この店が語源かどうかは不明。
だーくだっくす【ダーク・ダックス】
「ダーク」に同じ。
たちざけ【立酒】
(1)出立の際に酒を飲むこと。また、その酒。一代男「そのあけの日は禿(かぶろ)どもが立酒、さいはひ関送りとて」(2)立ちながら酒を飲むこと。また、その酒。浄、油地獄「注ぐも、受くるも立酒をお吉見つけて」(3)婚宴のあと、嫁の立ちぎわに、主客が立ちながら酒を飲む風習。また、その酒。浄、重井筒「これを限りの立酒や、樽屋町にぞ迷ひ行く」(「広辞苑」第三版より引用)
たちのみ【立ち飲み】
客が立ったままで酒を飲むスタイルの飲み屋。「立ち呑み」「立ち飲み処(どころ)」と同じ。英国のジェントルマン諸氏は、「パブ」と呼んでいるらしい(行ったことはないが)。文字どおりの一杯飲み屋から、料理に力を入れている店、本格的なカクテルを飲ますバーまで、その内容も客層も、さまざまである。基本的には、同内容であれば“座れる店”に比べて安い、というのが原則。普通カウンター席(?)のみであるが、イスやテーブル席と混在している店もある。広義には、酒小売店のレジカウンターで飲む酒も含まれるか。
手元の「広辞苑」(第三版補訂版)には、『立食(たちぐい)』および『立酒(たちざけ)』の項はあるが、『立ち飲み』の項はない。
《追記》なんと「広辞苑」(第五版)には、「立飲み」が載っている!!
引用すると、『たち・のみ【立飲み】立ったままで酒や飲料水を飲むこと。「屋台で----をする」』
※「広辞苑」に「立ち飲み」の項目が掲載されたのは、83年発行の第三版から(「立飲」という表記で掲載)。91年発行の第四版で、「立飲み」という表記に変更。
第六版では、ぜひ、「(2)そのようなスタイルの居酒屋。大阪に多く見られる。」と付け加えてほしいものである。
「大辞林」(第二版)にも、「立(ち)飲み」が収録されていた。
たちのみ 【立(ち)飲み】(名)スル 立ったまま飲むこと。特に、屋台や酒屋の店先などで、立って酒を飲むこと。「屋台のおでん屋で―する」
どうやら辞書の編纂者は、屋台で立ち飲むのが好きなようだ。
大正14年に「赤垣屋」が新世界に出した店が、今のような「立ち飲み」スタイルの店としてはいちばん古いのではないか、という話を赤垣屋チェーンの現社長から聞いたことがある。
「ミーツ」2000年2月号には、法善寺の「正弁丹吾亭」が『明治26年に、関東煮を看板にした立ち呑み屋として創業。』とある。
もしも、「大阪立ち飲みページ」流に「立ち飲み」を定義づけることが許されるならば、「立ち飲みは、酒と人間に対するスタンディング・オベイション(起立喝采)である。」と、インターネットの画面に刻みつけたいと思う。
たちのみ【立ち呑み】
「立ち飲み」に同じ。
*「立ち呑み」「立呑み」「立呑」等さまざまなな表記があるが、「呑」の字は日本酒のイメージが強いため、このホームページでは、実在の店名・屋号等を除き、「立ち飲み」を用いることにする。
たちのみのこうよう【立ち飲みの効用】
安い、早い、一人で気軽に立ち寄れる、のはもちろんだが、酒や料理が旨いのも、立ち飲みの特長の一つ。刺身や煮付けなど、冷凍食品だらけのチェーン店居酒屋よりもはるかに旨い。旬の食べ物にも、敏感である。立って飲むのは一見せわしないようだが、カラオケも有線もないし、静かにお酒を楽しむタイプの客が多いため、実は落ちついて飲める。
それから立って飲むのは酔いが早く回り、自覚もしやすいため、座って飲むのよりも悪酔いしにくいという効用がある。
逆に店側にとっては、座り飲みに比べて同じスペースにより多くの客を入れられるというのはもちろんのこと、立ち飲みは客の回転が良い、というメリットがある。
たちのみよんけいたい【立ち飲み4形態】
立ち飲み店の形態を大きく分類すると、第1形態は、酒小売店レジカウンタータイプ。いわゆる「角打ち」である。店内にビールケースを積んでテーブル代わりにしている店、一画に常設のテーブルを置いた店などは、その発展形。第2形態は、独立居酒屋タイプ。第2形態のバリエーション(メニュー特化型)として、立ち飲みの串かつ屋(「松葉」など)がある。立ち飲み版ビアホールの「北斗」も、第2形態・メニュー特化型のひとつ。この第1形態と第2形態のどちらが先に発生したかについては、第1形態が先(詳しくは下記【立ち飲みの始まり】参照)。第3形態は、いわゆるコジャレた店タイプ。「セブンシーズ」がその走り。「ボンバー江戸堀」や、いまはなき「パンビーノ」など、この段階で、大阪の立ち飲みは、それまでの立ち飲みの概念を越えた。立ち飲みにしては女性客が多いのが特徴。「北京」は、第2.5形態といえる。第4形態は、大手飲食会社が手がけた立ち飲み。90年代末に発生。「スタンドエビス」「本日開店」「ぽっぽ屋」など。チェーン店展開が多いのも特徴。ところで、立ち飲み式のオーセンティックなショットバー(「サンボア」など)を、この「立ち飲み」に分類するかどうかは判断が分かれるが、大阪の地においては「立ち飲み」(第2形態のバリエーション)に入れたい。
たちのみのかいらく【立ち飲みの快楽】
立ち飲み店に来る客というのは、「立って飲むこと」そのものが好きな人が多い。立ち飲みの魅力は、気軽さであり、コストパフォーマンスの良さだが、それだけではない。最大の理由は、立って飲むこと自体の面白さである。座り飲みは上半身しか酔っていないが、立ち飲みなら、足のつま先(酔いは、まず、足に来る!)から頭のてっぺんまで酔っていることを味わえる。つまり、立ち飲みとは、酒の酔いを全身で堪能するための最もシンプルな方法なのである。とある立ち飲みの焼き鳥屋が座り飲みに変わったときは、 残念がった人も多かった。ちなみに、立ち飲み店に椅子が入ることを、“店が堕落した”と呼ぶ立ち飲みマニアも多い。
一般に立って飲むというのは祭りのときぐらいであるから、その意味で立ち飲みは、一種の祝祭空間といえる。定住しないで(=イスに座らないで)、移動の途中に飲み食いするという意味では、立ち飲みは、旅に似ている。立ち飲みの店内は、建物の内側であっても、街なかの空気なのである。立ち飲み店の客は、何時間その店で飲んでいても、“腰を落ち着け”ていない。開拓途中の西部に似合うのは、やはり立ち飲みである。
たちのみのはじまり【立ち飲みの始まり】
『江戸の台所』(人文社)によると、江戸・元文年間(1736〜40)(※下記 追記参照)に、神田鎌倉河岸にあった「豊島屋」という小売りの酒屋が、人気の居酒屋の第一号。店を改装し、店頭で特大サイズの豆腐を焼いて「田楽」として他店よりも安く(一本二文)売り出し、酒も安く売った。この田楽が、「馬方田楽」として評判を呼び、店は大繁盛。「豊島屋」を真似た居酒屋が、江戸の町に続々と誕生した、という。まるで、21世紀初頭の、東京の立ち飲みブームのようである。客は、酒樽や、酒樽に板を渡したものに座っていたという話も紹介されており、現代の角打ちで、ビールケースをイスやテーブル代わりにしているのと、ほとんど同じ風景である。すでに江戸時代に、レシピ本、グルメガイド本(「ミシュラン」のような店のランク付け本から、「ホットペッパー」のように店の掲載料を取って載せる本まで!)、さらには、大食い大会や大飲み大会まであったというから、庶民の外食・外飲は、江戸時代からほとんど進歩していない、といえるかもしれない。
『江戸っ子は何を食べていたか』(大久保洋子監修 青春出版社)にも、「豊島屋」が江戸の居酒屋の元祖として紹介されている。しかも、当初は座り居酒屋ではなく、料理もなく、店の酒を試飲さすだけの立ち飲み(つまり「角打ち」!!)だったので、文献でたどれる範囲では、やはりこの店が、江戸の角打ちの元祖、立ち飲みの元祖であり、同時に、居酒屋の元祖ということになる。かくして、立ち飲みは、神田・鎌倉河岸の一軒の角打ち酒屋から始まった。そして、居酒屋は、立ち飲みから始まった。
なんと、この「豊島屋」、いまでも営業を続けている。残念ながら、居酒屋ではないが。
「豊島屋 本店」公式サイトに、「歴史」として、『時は江戸、慶長年間(1596〜)と言えば、太閤秀吉の晩年にあたり、徳川家康が江戸に入り、江戸城も大改修の時期を迎えていました。
その城の外濠、北岸は江戸湾から隅田川、日本橋川と入って、石垣の石材などを陸揚げする鎌倉河岸(「江戸切絵図」では竜閑橋と神田橋の間、鎌倉町。現在の千代田区内神田二丁目)で、初代豊島屋十右衛門(としまやじゅうえもん)がお城の普請で集まった多くの武士、職人、商人達をお客様に、酒屋、及び飲み屋を始めたのが、豊島屋のおこりです。』とある。
『江戸っ子は〜』によると、文化・文政のころで、酒の値段は、一合で二十から三十二文。酒二、三合に肴二、三品で百文前後かかったそうだ。かけ蕎麦十六文を、いまの値段で仮に五百円とすれば、酒一合は六百円から千円ぐらい。百文なら三千円ちょっとになる。まあ現在の、そこそこの座り居酒屋価格か。
ちなみに、「居酒屋」は、居+酒屋、ではなく、居酒(いざけ)+屋、である。(いざけ ゐ― 【居酒】居酒屋で飲むこと。また、その酒。大辞林 第二版による)
※追記
「豊島屋 本店」公式サイトの「会社概要 沿革」では、『当社の創業は遠く慶長年間関ヶ原合戦(1600年)の時代に遡り、初代豊島屋十右衛門が慶長元年(1596年)、神田・鎌倉河岸(現在の神田橋付近)に酒 屋兼一杯飲み屋を構え、「豊島屋」の屋号で酒屋を始めました。』となっているので、オフィシャルには、こちらの年号を使用するほうが良いかもしれない。詳しくは、同サイトおよび関連会社の「豊島屋酒造」公式サイト、ウィキペディアの「豊島屋本店」の項目などを参照されたし。それらによると、酒1杯(1合かどうかは不明)は、8文だったそうだ。米の値段を目安にすると江戸時代の1文は今の20円に相当するらしいので、酒1杯は160円。豆腐田楽1本なんと40円。こんな店が近所にあれば、毎日でも通う。
また、同時期、あるいはそれ以前に、同時発生的に、角打ち、立ち飲み、居酒屋が複数誕生している可能性は十分あるが、そのなかの代表選手として「豊島屋」を、それらの店の“元祖”として挙げることは妥当ではないだろうか。
現在、「豊島屋 本店」は、神田鎌倉河岸ではなく、神田猿楽町にある。神田鎌倉河岸は、現在の地名で言えば、神田1〜2丁目あたり。ビルの名称などに、その名残りがある。立ち飲みとは直接の関係はないが、鎌倉河岸界隈の歴史も、非常に興味深い。
佐伯泰英の人気時代小説「鎌倉河岸捕物控」が、2010年にNHKで『まっつぐ〜鎌倉河岸捕物控〜』というタイトルでドラマ化され、江戸当時の「豊島屋」店内が物語の主要な舞台として登場したのには驚いた。もちろんフィクションではあるが、大河ドラマのNHKゆえ時代考証は信頼できる。江戸の立ち飲みって、あんな感じだったとすれば、面白い。ちょんまげ、着物姿だが、現代の立ち飲みと店の空気はそっくりであった。
のまど【ノマド】
定住指向の座り飲み客に対し、立ち飲みの客は定住を嫌う。(嫌うのではなく、定住できる金がないのだ、という議論はおいておこう)その意味で、立ち飲み客は、大阪人がよく例えられるラテン民族ではなく、ノマド、遊牧民族である。立ち飲みカウンターの足元には、街の風がいつもスースーと吹いている。
ばる、ばーる【バル、バール】
イタリア、スペインにある立ち飲み屋。朝から夜まで営業。酒以外にコーヒーや食事なども提供し、地域の人びとのたまり場になっているそうだ。朝から晩まで、という点では、朝ご飯、ランチ、夜の立ち飲みを営業している新梅田食道街の立ち飲み店などと共通するものがある。江戸堀の「ボンバー」、北浜の「ゴッソ」など、以前から大阪には何軒か見られたが、東京では2005年前後に、このバルやバール風の立ち飲みが一挙に増えた。店名に「バル」などを冠し、小皿(タパス)料理を出す本場さながらの店から、もう少し広義な店----メニューに生ハム、ワイン等があり、内装が洋風----を含めて、そのタイプの店は“バール系立ち飲み”と呼ばれている。総じて、値段は高い。インテリアに凝っており、客層は比較的若く、女性客の割合も高い。
まんざい【漫才】
正当派ショットバーを落語、座り飲みの居酒屋を吉本新喜劇に例えると、立ち飲みは漫才の味がする。一般に、大阪人が二人集まれば漫才になるというが、立ち飲み屋のカウンターには、生まれついてのボケと突っ込みが、ずらり。カウンターの内側にも漫才師がいる店があるが、店主のボケに客が突っ込む、というパターンが基本。
ゆかがたべたぶん【床が食べた分】
立ち飲みの串カツ屋では、レシートは付けずに、皿に残った串の数で計算をする。いわば串が、貨幣代わりであり、そこに貨幣経済の発展の歴史をみることができる。昔そのことを聞いた ある落語家が、2本に1本ぐらいの割で食べた串をカウンターの下にこっそり捨てていたら、お勘定の時、店のおばちゃんに「床が食べた分と合わせて○○円」といわれたとか。
※犯罪行為です! 絶対に真似しないでください!
ようのさけ【陽の酒】
立ち飲みのカウンターではコップ酒の日本酒をチビチビと飲む、といったイメージが強いかもしれないが、これは誤り。たいていの立ち飲み客は、まずビールを飲む。仕事帰りによく冷えたビールを一杯ひっかけるためにこそ、立ち飲み店は存在するといってもよいだろう。陰か陽かで分類すれば、立ち飲みは“陽の酒”。演歌は、似合わない。
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