児童虐待防止の鍵は周産期にあり
@ 1995年にルイス・エクソンと言う博士が、授乳方法で母子の虐待率が
変化するか を調べた所、母乳によ授乳をしなかった母子の虐待率は、母乳による授乳をしていた母子の38倍に達した.
A レニングラード病院で母子同室制度を設けたところ、母親の育児放棄率が約半分にまで減少した.
B コスタリカで78000人の赤ちゃんを対象に7年にわたって行なわれた研究によると、授乳や親子対面を早めることによって、母親の育児放棄率が激減した。”

この冒頭の三つの調査報告をご覧になって、皆さんのご感想は如何ですか.生まれたばかりの赤ちゃんを、私達の仲間としてどのような形で迎えるか、ヒトの乳で育てるか、ウシの乳に委ねるか、同じ部屋で育てるか、別の部屋で過ごさせるのか、一見些細な違いにしか思えないような受け入れ方の違いによって、以後の親子達に齎されるであろう人生の試練と不幸。しかも人生の一つの分岐点ともいえる新生児期での、その受け入れ体制選択に際しては、赤ちゃんの思いは全く無視されているだけでなく、多くの場合、母親の希望もまた叶えられることなく、只そこでは一方的な大人の自己満足と御都合主義によって処理されているのが、わが国の現状では無いでしょうか.
又、今日連日のようにメディアを賑わしている育児放棄や我が子に対する虐待事件。その遠因としては、新生児の受け入れ体制における母子分離を促す母子別室制とウシの乳による哺乳瓶保育による母性の成熟不全や母と子の絆の脆弱化があり、加えて直接的には生育時に母子を襲う育児ストレス、酒乱と貧困、夫婦の不仲、未熟児の既往、母親自身の不幸であった幼児体験等が挙げられています。更に其れに対する対策として、児童相談所とか、福祉施設の増設などが叫ばれていますが、冒頭の報告を見れば、対策として根本的な解決を考慮していない、余りにも姑息的な手段に過ぎないことがお分かりのことと思います.私たちはもう一度人生の原点に立ち返り、本来の育児のあり方について考える必要があるのではないでしょうか.
ここで目を 現在の世界に転じてみると、欧米諸国では、1970年代に20%台にまで低下した母乳哺育率は、その後母乳の価値を再認識して、国家的レベルでの回復に努めた結果、この30年間に母乳哺育の比率を75〜90%にまで回復させています.その影響は直ちに児童虐待の防止にも好結果を招き、例えばアメリカでは被児童虐待児の率が、年々7%づつ低下を始めたというような羨ましい知らせも入ってきています.又韓国の場合、60年代95%を数えた母乳授乳率は30年足らずの間に急転直下10数%まで激減しましたが、近年にいたり乳児の健康が危機に瀕していることに気づいた結果、国家レベルでの対策・・・母乳保育促進のための汎女性運動と大討論会、BFHI運動と産科医療者に対する巡回教育、ワークショップ、母子同室制実施施設への国家医療保険料引き上げ支払い、全国規模の健康な母乳児選抜大会、全国規模の母乳保育促進のための歌詞、作曲、写真の懸賞募集、乳製品広告禁止法の制定施行など、私たち日本人にとっては到底信じられないような、実に多岐にわたてのダイナミックな母乳育児一大キャンペーンが展開されています.
一方わが国の場合、60年代の7割前後だった母乳哺育率は、70年代には驚くなかれ20%台にまで低下し、その後徐々に回復しつつはあるものの、97年に至っても40%台の段階に止まっています.又対策としても今世紀に入り、「健やか親子21」の展開を始めているものの、未だ具体的な運動に欠け、僅か日本母乳の会のみが孤軍奮闘しているに過ぎないという淋しい現状です.政治や経済の現状を見るにつけても、日本民族には自己改革能力が根本的に乏しいのではないかと思え悲しくなります.仏作って魂入れず.
この辺りで冒頭に紹介した調査報告に立ち返り、その入手のいきさつを紹介しましょう.
日曜日の午後8時から読売テレビで放映されている特命200Xシリーズと言う番組のあることは、皆さんも良くご存知のことでしょう.然し数年前、同番組の中で「子どもの脳に異常をもたらす児童虐待・・・正しい育児とは・・・」と言う番組が放映されたこと、そしてその内容についてまで、ご記憶の方はもう少ないのではないかと思います.
私はこの番組が制作されるに際して、当初、番組制作者(シナリオライター)の方から、今日の児童虐待を社会問題としてではなく、母と子の絆の問題として追求したい.そしてその番組の基本方針にかかわる母乳育児とか母子同室・別室制の違い、各種女性ホルモンの有する役割や母性との関連などについて10数回に亘りメールでご相談を受けました.番組自体も長期にわたる児童虐待は子どもの脳に回復困難な障害を与えること、母と子の絆や母性の醸成が其れに対する最善の予防策であり治療法でもあること、更に、最近の神経内分泌学的知見から見た母性のスイッチの仕組みや意義等の解説について構成されていました.
この番組の中では紹介されませんでしたが、メール交換の過程でいくつかの質問を受けました.冒頭に紹介した三つの調査報告がそれで、何故母乳で育てると児童虐待率が38分の1にまで減少し、同室制で育児放棄率もまた激減したのか、その理由はいかに.この疑問に対して視聴者に理解してもらえるにたる科学的根拠を示すことが、番組を企画し製作するに際しての是非とも必要な条件であるとのことでした。
当時その答えとして説明可能な理由としては、皆さんは既にご承知のように、母乳育児が成立するには母子同室と頻回の授乳が必要条件であり、母子同室によってはじめて可能となる頻回の授乳、そしてその吸てつ反射によって分泌されるプロラクチンとオキシトシンという両ホルモンは、単に母乳の分泌と射乳を促すだけではなく、視床下部の前方に位置する内側視索前野という母性中枢を、産後解放された両ホルモンの受容体を介して刺激し母性行動を起させる、詰まり母性のスイッチが発動されることが第一のポイントであり、更に乳房を媒体として、母と子が五感を総動員して全感覚のレベルで心の交流を行い、お互いを確かめ合うことにり、お互いの心理的一体感の醸成が出来る事が第二のポイントである・・・このようにして出産直後からの母子同室と頻回授乳によって成立した母乳育児によって育まれた母性や母と子の絆・・・これこそが児童虐待や育児放棄の予防や減少に繋がる有力な根拠ではないかというのが当時の私の回答でした.。
然し最近に至り、母乳育児には母性のスイッチに加えて、育児ストレスや児童虐待防止に通じる合理的な素晴らしい仕組みが準備されていることが科学的に裏付けされたことを、改めて皆さんに紹介したいと思います.
その仕組みについては先にインターネットのホームページで” 母乳育児は楽しい育児 ”として紹介したので、既にご存知の方もあるかと思います。
オキシトシンの生理的効果としては、出産に際しては陣痛を、授乳に際しては射乳を起させると同時に、母性中枢を刺激して母性行動を発動させるため、哺乳瓶保育をしている母親と比べると、母乳育児中のお母さんは、積極的に我が子に触れたり、微笑みかけるような母性行動がより頻回に見られることが知られていますし、又、多くのストレスに対しても反応を弱めたり、影響力を低下させる作用のあることも知られていました.然し更にこの度、母乳育児中の母親には、オキシトシンが直接海馬に作用して、ストレスをより早く解消させ、ストレスに慣れることの出来る仕組みがあること、さらに加えて、育児ストレスによっても容易に切れないで、臨機応変に状況に対応し、且つ柔軟に育児を楽しむことが出来るような仕組みが存在することも又明らかにされました.
昨年の12月、朝日新聞の夕刊誌上に、岡山大学の細胞生理学教室の松井教授らは、私達産科医療者に馴染みの深いオキシトシンが、記憶の中枢である海馬に直接働き、長期増強と言う現象(刺激による興奮が増強され、情報をより強く、より早く伝えるようになる)を起してその機能を強め、記憶力を高めることを証明したと言う内容です.新聞では海馬が破壊され記憶障害を起すアルツハイマー病の治療と結びつけて報道していましたが、私は其れより母乳育児や児童虐待との関連において、これは21世紀初頭を飾る素晴らしいニュースだと考えました.その理由をお話しましょう.
まず過度の育児ストレスは、どのような影響を脳内に及ぼすのでしょうか.
エール大学医学部で大脳生理学の立場から育児放棄を研究しているシーラ・ワン(SHEILA WANG、phD)博士は、育児放棄をしてしまう母親の脳内には、異常なほどのコルチゾルが分泌されています.ところが私たちの記憶を司る中枢として知られ海馬Hippocanpusには、コルチゾルに影響を受けやすい神経細胞が数多く存在し、大量のコルチゾルによって海馬の神経細胞は過剰に興奮し、死滅し、やがて海馬の機能低下を生じます.では、このようにして育児中に海馬の機能低下を生じた場合、その母親達の育児行動にどのような影響が現れるのでしょうか.
この問いに対してシーラ・ワン博士はお母さんの育児行動に柔軟性が失われると述べています.例えば子どもが飲み物の入った大きなコップを落として、飲み物をこぼしたとしましょう.育児ストレスにより海馬の機能の低下している母親の場合、子育てに必要な柔軟な思考が失われているために、即座に気をつけなさいと叱責したり、お尻を打ちます.このように短絡的に衝動的な育児行動を起す、いわゆるすぐ切れる母親像は、今日私たちの身辺でよく見かける風景です.
一方、授乳行為により、或いはわが子を愛しいと思う心の働きによって分泌の増加したオキシトシンは、記憶の中枢である海馬に作用して、その機能を高めます。そして記憶力の向上した母親の場合、即座に此れまでの様々な育児体験を照合し、コップを落としたのはコップが大きすぎたのだ.子どもの生理的能力以上の物を与えたためであって、寧ろ原因は私の不注意によるのだ.叱る代わりに、ご免ねと自分のうかつさを詫びながら、子どもの身体に合ったコップで与えるなど的確に事態に対応します.
このように育児ストレスが貯まり、海馬の機能が低下していると、過去の類似した育児体験の記憶を引き出すことが出来なくて、コップを落としたと言う事実だけしか認識できません。かくしてますますストレスを溜め込む結果となります.このような悪循環が積もり積もって、極度に進行するならば、育児放棄とか児童虐待と言う最悪の事態を招くことも当然起こりうることでしょう.
先にオキシトシンは様々なストレスに対する反応力を弱める作用、言葉を変えればストレスに対する慣れとか抵抗力、ストレスをストレスとして感じなくなる作用を持つことが此れまでに知られていたと紹介しましたが、その仕組みについては、この度松井教授らの研究により、オキシトシンが海馬に直接作用して、その機能を亢進させた結果であることが証明されています。
又、カナダの心理学者ヘンケは、ストレスの強さとそれにより生じた胃潰瘍の大きさが比例するネズミを使って実験し、オキシトシンを投与した場合のストレスと胃潰瘍の大きさの相関関係を調べたところ、オキシトシンの量と比例して海馬の機能は高まり、そしてオキシトシンの投与量と反比例して胃潰瘍の大きさが縮小することを認め、そしてこれらの事実より、オキシトシンの投与によって海馬の機能が亢進し、ストレスに対すして慣れやすくなり、ストレスを克服して、ストレスによるダメージを最小限に止めることが出来ることを実証しました.
現代はストレスフルな社会です.しかも現代のお母さん達は育児体験に乏しく、育児のノウハウを知らず、しかも核家族化によって、夫や両親の育児への参加が得られにくい状態です。従って、育児を一手に引き受けざるを得ない母親達にとって、育児ストレスは避けることの出来ない現実でしょう.
加えてわが国では、医療先進国では今日最早見ることの珍しくなった、出生直後からの母と子を隔離してしまう母子別室制が未だに存続しており、更に、乳児栄養のスタートの場での方向付け自体が、本来乳児の栄養についての学識が必ずしも充分とはいえない、又、その子の将来の健康と発育に必ずしも直接の責任を有さない産科医の手に、多くの場合委ねられているのが現状です.つまり、わが国では新米の母子を迎える現行のシステム自体が、結果として、母と子の絆の形成を妨げ、同時に母乳育児成立をも阻害する方向にあるのが現状です。これらのことを総括するならば、育児放棄や児童虐待の萌芽はすでに周産期に早くも芽生えていると言えます.
このように現代社会の現状は、新米の母と子にとって決して好ましい環境でないことが理解されます.おまけに現在のわが国では母親自身がひ弱になっていて、育児意欲や育児能力の低下が認められるだけでなく、一般的な傾向として、周産期における母と子の自然な本来のあるべき姿を真剣に考え、自ら実践しようとする母親達よりも、バブルの幻影未だ消え去らず、デラックスなホテル並みの設備とエステやフランス料理といった物質的豪華さや、見せ掛けのサービスに心を奪われがちな母親が多いうえ、しかもマスメディアの関心も又その方向にあるのが残念ながらわが国の現状です.
かかるわが国の現状からすれば、育児ストレスに負け、育児放棄や児童虐待という悲惨な事態に陥る母親が現れるのも必然の状況と言えます.この不幸な事態の発生を予防するため、オキシトシンの分泌に無縁な哺乳瓶保育とは異なり、母乳育児では知らず知らずの内にオキシトシンが分泌されて、自然に母性行動が可能となる上、ストレスにも強くなり、更に臨機応変で柔軟な育児行動が楽しめることが、以上の新しい知見から理解していただけると思います。幸いにも、本年4月以降母子手帳から断乳という言葉が消え去り、代わって自然卆乳という育児思想が市民権を得ました.母乳育児にとっては追い風です.子宮外胎児期といわれる1年間の乳児期に、母子に刻み込まれた心理的一体感と育児様式は、卒乳以後になっても引き継がれ、安定した母子関係を保証してくれるに違いありません。
尚、このように母乳育児の利点を強調し、推奨していると、それでは哺乳瓶保育では好ましい親子関係の樹立は出来ないのかとのお尋ねされる方を見かけます.勿論哺乳瓶保育でも良い親子関係を結ぶことは出来ます.但し母乳育児のように知らず知らずの内に効率的に結ばれ、育まれて行くのではなく、意識して育児する努力と更なる時間が必要です.
母乳育児の効用に関して、児童虐待防止や母親の育児姿勢に及ぼす影響についてのこのような新しい知見が確かめられた現在、育児放棄や児童虐待問題を考える際に、私たちはもう一度人生の原点である周産期に帰って、母乳育児というその本来のあり方や役割を考えてみたいものです.( 文責 岡村博行 )