新生児医療と看護専門紙のネオネイタル ケア1997年12月号の特集”母乳を科学する”に「母乳育児ーその文化と科学ー」と題して寄稿しました。その内容のあらましを以下紹介します。

15才の縄文人の平均余命は男女とも16年余りと短命であり、当時の全縄文人の平均寿命は更に短く20歳以下だったと言われています。この事は、原始時代の乳幼児の死亡率が極めて高かった事を示しています。その後、織田信長が人生50年と謡った時代を経て、現代日本人の平均寿命は80才に達し、乳幼児も老人も死ななくなりました。どうやら私たちは、不老長寿の妙薬を手に入れたようです。その妙薬とは、文明開化と共に入ってきた西洋医学です。
我々は西洋医学と共に西洋式育児法を輸入し、民族古来の日本式育児法を野蛮なものとして捨て去りました。その結果はどうでしょう。確かに我々は死ななくなりました。しかし、同時に、伝統的な育児法をもすっかり忘れ去ってしまいました。
医学は科学です。全人類に共通で普遍的なものです。しかし、育児法は科学ではありません。文化です。カルチャーです。各民族がそれぞれの風土や生活環境、民族性、伝統などに最も適したやり方を何千年にも亘って育んできたカルチャーなのです。我々は今やその多くを失いました。

16世紀に来日したルイス・フロイスから第2次大戦時に日本文化について著したルース・ベネディクトにいたるまで、来日した多くの欧米人は共通して、日本は赤ちゃん天国であり、おっぱい天国であると記録しています。欧米の子ども達は生まれた直後から個室へ収容され(母子分離)、時間を決めて授乳(定時授乳)されます。授乳時間が来るまで、幾ら空腹を訴えても待たされます。可哀相だからとおっぱいを与えたり、抱っこするなどもってのほかです。この様に欧米では,赤ちゃんの時から、赤ちゃんの心理や生理には関係なく、大人のルールに従うよう厳しく躾られ、育てられました。
一方、わが国の子どもは、生まれるとすぐ両親の間に川の字型になって寝かされ、両親の肌の温もりを感じ、匂いを満喫していました。おっぱいが欲しい時、だっこして欲しい時、何時でも即座にその望みは叶えられ、両親との絆は深められました。この様に母乳育児を基本としたわが国の育児法では、欧米のように子どもの要求や行動をストレートに拒絶するのではなく、穏やかに受け入れ、社会や大人のルールに従う事を、子どもが自然に理解できるように躾られました。わが国の子どもはこの様に育てられた結果、常に母親から愛されている事を実感し、母と子の間の絆はより強固なものになりました。先の大戦中、わが国の戦死者の多くがお母さんと叫んで最期を遂げたと言う事実は、この辺りの事情を物語っています。

わが国がはじめて体験する第二次大戦の敗北は、赤ちゃんにとっても育児環境激変の始まりをを告げるものでした。当時、抗生物質療法は未だ黎明期にあり、戦後の劣悪な生活環境のもと、わが国の新生児、乳児の死亡率は極めて高率でした。その対策として、GHQの指導のもとに、赤ちゃんを出生直後から母親と隔離して、新生児室に収容する新生児管理法が導入されましたが、これは哺乳動物の掟を破って、人類のみが初めて体験する、出生直後からの母子分離でもありました。しかし、当初は問題視されなかった事ですが、この母子分離と言うシステムは、ボディーブローのように徐々に、しかも確実に母乳育児に打撃と与え、今日に至っています。
敗戦後、家族制度は廃止され、男女は同権となり、女性の高学歴化、社会進出が始まりました。更に、昭和30年代になっての急激な高度経済成長による地域社会の崩壊、核家族化、生活様式の欧米化は、赤ちゃんを取り巻く育児環境に大きな変化をもたらしました。具体的には、新生児室制度や人工乳の定時授乳を基本的な新生児管理システムとして盛り込んだ医療施設での出産が一般化しました。そして、それまでの「川の字育児法」は否定され、添い寝は危険な風習、おんぶは心身に悪影響を与えるものとされ、お母さんは赤ちゃんを抱かなくなりました。「泣けば抱っこする」では依頼心を生み、自立を妨げると言うのがその理由です。
このような報告があります。1980年に米国のコロンビア大学と日本青少年研究所が協力して、両国の生後3ヶ月の乳児と母親との関わり合いのありようについて調査しました。その結果を20年前と比べると日本のお母さんにはスキンシップの減少傾向(前回2日間39回・今回25回)が著名です。話し掛けは増えたものの、赤ちゃんと遊ばなくなり頬ずりなどのスキンシップが少なくなっています。又、20年前は全員が添い寝をしていたのに、今回は1名を除いて全ての赤ちゃんは、両親とは別の部屋での一人寝に変わっていました。
このような施設分娩、欧米式育児法の普及に加えて、高度経済成長による生活レベルの向上は目覚しく、、又、特殊調整粉乳の登場によりミルクでも良く育つようになりました。劣悪な環境のもとでは依然母乳に利があるものの、生活レベルの高いところでは感染症による死亡率も母乳栄養児に劣らず低くなりました。その結果、"先進国は人工乳で、発展途上国は母乳で"と言う人まで現れました。
かかる傾向に対して、当時の日本小児科学会乳児栄養委員会の浜本英次委員長は、近年の人工栄養児の増加は、新生児室に携わる勤務者が母乳栄養と人工栄養の本質的意義を理解せず、安易に人工乳を投与しているからであり、小児科医の中でさえ人工乳を文明の果実と考える人もおり・・・・・と"母乳栄養を勧む”勧告を行っています。しかし、当時の産科医療従事者はその勧告を一顧だにせず、と言うより、その存在さえ知りませんでした。やがて、産科施設のみでなく一般の家庭内でも、「親子別室・抱っこ不在」と言う育児法が大勢を占めるようになり、その結果として昭和20年代は80%をしめていた母乳栄養児は、昭和41年には30%を割ると言うような燦燦たる状態にまで減少しました。

しばらくの間、母乳栄養者にとってはブルーな日々が続きました。昭和50年代になると、母乳栄養率の低下と反比例して、新生児期・乳幼児期を当時全盛であった人工栄養で育てられた青少年達の、心の歪みから生じた様々な問題行動が顕在化し始め、大きな社会問題となってきました。不登校・校内暴力・いじめ・無気力・サイレントベビー・引きこもりっ子、更には青少年による連続幼児殺害、あるいは通り魔殺人事件などがそれで、その背景として、特に乳幼児時期の母子関係に問題があり、その人格形成に歪みを生じている場合が多いと指摘されています。つまり、このような問題児が育てられたのは、乳児期から大人のルールを厳しく躾けようとする西洋式育児法が時流に乗った時代であり、抱っこなどのスキンシップが悪者とされて減少したことが、青少年の情性発達の欠如に繋がるものであり、その非行化の大きな原因の一つだと考えられています。
エリクソンは、母親に対する信頼と環境や将来に対する信頼、すなわち基本的信頼(basictrust)は生後一年間の母子関係によって形成されると述べ、また、ボウルビーは、乳幼児期に与えられた母親の愛が、子どものパーソナリティーの正常な発達に重要であると述べています。加えて、近年の育児学は、子どもが自立するためにはそれ以前に母親との心理的一体感と言うべき感情の体験を必要とし、しかもその一体感は身体的接触・スキンシップが最も有効であるとしています。そして、子どもがスクスクと成長するには、そこにいる限り絶対に安全であり、安らぎを与えてくれるベースキャンプとしての母親の存在が必要である事が強調されています。
このような観点から、わが国古来の情緒豊かな「川の字育児」、特に母乳育児(母乳栄養ではない)が改めて再評価されるに至りました。そして、授乳と言う行為について、モンタギューがいみじくも指摘したように、「授乳による結びつきが作り出すものは、人間社会においての、あらゆる関係が発展するための基礎であり、母親の肌の温もりを通じて乳児が受容するコミュニケイションは、子どもの人生における最初の社会化の体験ともなるものであります。つまり、授乳時に繰り返される視覚・触覚・聴覚・臭覚・味覚と言う五感の全てを動員しての母子相互作用によって,母と子の心の交流が最も自然に理想的な形で行われます。その結果、子の母に対する愛着と信頼が一段と増してくるだけでなく、母の母性意識もまた、より成熟の道をたどります。
この育児法の見直しには、此れ迄とは逆に、最近の科学の新知見が大いに追い風となりました。例えば、欧米で盛んな周産期心理学の成果がそれであり、又、従来は全く無能力と考えられていた新生児が、実際はかなりの能力の持ち主である事が分かりました。そしてハーロー以来の動物行動学(ethology)は、それまで文学のテーマと考えられていた母と子の心の問題を科学の領域に引き寄せました。更に、産科医療でおなじみの新生児覚醒期の意義や初乳の価値をめぐる数々の新発見などがそれに加わります。
わが国に母子異室制が導入された頃、実は米国では既に母子を分離する異室制への批判が始まっていました。開拓時代以来、自主独立を尊重し、放っておく事も重要な躾の一つと考えられていた米国でも、今日では従来の育児法の見直しが行われ、両親は絶えず子どもの相手をするようになりました。
先に紹介した調査では、母親が子どもと遊ぶ回数は3倍にも増えていますが、この値は日本のお母さんの3倍でもあります。更に抱っこの価値も認識され、地方によってはテレビ放送の中で、毎日8時になると「今日、一度以上赤ちゃんを抱きましたか」と抱っこを勧め、そして最後に「抱き癖は心配要りません」と呼びかけています。
わが国の現況はどうでしょう。現行の母子分離と定時授乳に代表される新生児集中管理方式は、(1)赤ちゃんの生理と心理を無視している、(2)赤ちゃんとの接触経験や育児経験に乏しい母親には不適きである、(3)母乳育児成立には不向きである,(4)母子同室がヒューマン方式なら母子異室制はブロイラー方式だ、などとの批判を受けているにも拘わらず、一度出来上がってしまった体制を根本的に変革するには、かなりの情熱と努力を続けて行かねばならず、その達成は困難な道のようです。
母親側に目を移すと、今日では母性が未成熟のまま"母”となるヤングママが多く、更に女性の高学歴化、価値観の多様化の結果、育児のみが人生ではなくなりました。新生児期・乳児期には育児の手抜きをしておきながら、学齢期に達すると俄然教育ママに変身する母親達。そしてそれに便乗して市場にあふれる省エネ育児グッズの氾濫・・・。どうも多くのヤングママには、その便利さや快適さの背後に潜む思わぬ落とし穴に気づいていないようです。
しかし、このような新生児を取り巻く環境にも、最近になって漸く風向きの変わる兆しが現れ始めました。母乳育児は国際的にも市民権を回復してきました。1989年にはWHO,ユニセフより、母乳育児を成功させるための10ヶ条が勧告され、更に子どもの権利条約も制定され、赤ちゃんはその意思に反して母親から離されない事、又母乳で育てられる事は正当な赤ちゃんの権利として認められました。当たり前の事が当たり前の事として認められ、当たり前の事として行う事が求
われわれ日本人は、未来を担うジュニア達に、その人生の出発の場で、間違ったスタートの場を提供してきたようです。
しかし、その改善を目指して、国内でも母乳育児に新しい息吹が感ぜられます。「母乳育児を成功させるための産科医と小児科医の会」(日本母乳の会と改称)の誕生と活動開始がそれです。けれども、わが国には依然として戦後からの新生児管理システムが牢固として存在しており、母乳育児推進運動を狂信的行動と揶揄する産科医療関係者さえ存在するのが現状です。この様に母乳育児推進運動の前途は必ずしも平坦ではありませんが、我々は努力して、次代を担うジュニア達に、人間の子として素晴らしい人生のスタートを切らせてあげたいものです。