文芸春秋10月号に掲載された日垣隆氏の「ダイオキシン猛毒説の虚構」なる論説は、此れ迄の徒に恐怖を煽るような内容の多いダイオキシン関連の論文とは一味異なり、ダイオキシンは巷間伝えられているほどの猛毒ではなく、オオカミが来た、オオカミが来たという風潮に惑わされないで,冷静な判断で対処しようというものでした。
とはいっても、現在授乳中のお母さんたちが授乳の可否を自ら選択するに際して、その判断の拠り所とする根拠についてみると、圧倒的にダイオキシン猛毒説側の資料が多く、翻って母乳擁護派の論拠とする資料はというと、極めて報道量が少ないうえ、最近の新しい情報もまた意外と知らされていないのが現状です。
そこで私は意外と知られていないそのような例の幾つかを紹介し、安心して母乳育児を楽しんで頂ける助けとしたいと思います。
さて、母乳を続けるか或いは止めるかの決定に際しての選択肢の一つとして、母乳は赤ちゃんを感染から守るために大切なものである。従って、生後3ヶ月は母乳を飲ませ、以後は人工乳にしたらよいのではという意見があります。この母乳推進派と否定派両者の意見の折衷案ともいえる提案はダイオキシン問題の第一人者といわれる宮田教授のご意見です。
しかし医療者の立場からすると、この提案は、今日の母乳育児に対する認識不足を露呈した提案であるように思います。
たしかに 20〜30年前までは、母乳で育てることを母乳栄養と称したように、母乳はヒトの乳であり、ヒトの子を育てるには最適の栄養であるということを、誰一人として疑う人はいませんでした。加えて漸次解明されてきたその免疫学的価値は、人工乳も質的に向上したとはいうものの、人工乳に対する母乳の優位性を確実なものとして今日に至っています。従って、母乳の価値についてのこのような歴史的背景から、今日のダイオキシン騒動に際しても、多くの方は栄養的・免疫的な面から母乳の価値を擁護するのを常としています。しかし、ここ10〜20年ほど前より、それまで母乳栄養とか母乳保育と称されていた母乳で育てるという行為に対する評価は、母乳育児と表現されるように変わってきました。それまで文学的領域に属すると考えられていた母と子の心というテーマが、科学の領域でも正式のテーマとして認められ、評価されるようになり、母乳栄養が母乳育児として取り扱われるようになってきたのです。
この母乳栄養が母乳育児に変わった背景には、育児思想の変革や動物行動学の成果に加えて、青少年の問題行動の激増や、人間関係の疎遠化を予防し、未然に防ごうという時代的な欲求がありますが、その詳細については、すでにこのホームページに掲載した「もし赤ちゃんがみんなミルクで育てられたら」とか「母乳育児・・・その文化と科学・・・」を参照していただきたいと思います。
さて上記の文を読んでいただければ、「今なぜ母乳栄養か」ではなく、更に「今なぜ母乳哺育か」でさえなく「今なぜ授乳か」が問われていることがご理解いただけたと思います。母乳を与えるということは、単に栄養としての母乳を与えるということだけではありません。授乳に際して、乳首を媒体として母と子の間に交わされる母子相互作用の数々、赤ちゃんは益々母親に愛着を感じると同時に母親の母性もまた高まってゆきます。かくして両者の間に育まれる信頼感(基本的信頼・basic trust)、子宮外胎児と言われる0歳児の心に刻み込まれる安全基地としての母親という存在。このように母親との心理的一体感を体験した赤ちゃんは、やがて自然に母親から自立し、心身ともに健やかに成長することでしょう。
つまり出生直後からの母子同室、母と子の一週間のハネムーン、そして退院後は授乳のたびに交わされる毎日の心の交流、かくして母乳育児は無意識のうちに母と子の間の絆や相互信頼を育んでくれます。そして離乳期を迎えれば,赤ちゃんにやさしい「おっぱいの自然卒乳」、やがておっぱいは・・・癒し(いやし)のおっぱい・・・となります。おっぱいは単なる物質や栄養物ではないのです。
このようにして母乳育児を続ける事により、乳児は母親を「心の安全基地」として認識するようになるだけではなく、母親もまた知らず知らずのうちに母性の高まりを自覚し、心の底から我が子を愛し、母乳育児を楽しむ事が出来るようになるのです。しかし残念な事に、我が国の現行の医療や社会の新生児・乳児の受入態勢、おまけに多くのヤングママの心の中には、肝心のこの辺りに大きな手抜きがあり、「可愛いはずなのに愛せない」とか「育児が楽しくない」と訴える母親が増産されている現状は、、すでに紹介した通りですし、4ヶ月から全面的に牛乳保育に切り替えるならば、上記のような母性の衰退傾向はさらに増幅されるに違いありません。。
かつての阪神大震災の折り、脆弱な地盤にもかかわらず、基礎工事や基本設計のよく出来ていた人工島のポートランドのビル群は全く無傷でした。何事によらず、スタートと基本の大切さが理解されます。
しかし我が国の多くの産科施設において、次代を担う私たちのジュニアーに提供しているスタートの場(ソフト面・ハード面共に)の誤りについては、今更改めて述べるまでもないでしょう。私たち日本母乳の会の会員全員は、その過ちを改め、そして一人でも多くの赤ちゃんが素晴らしい人生のスタートをきる事が出来るように日夜努力しています。4ヶ月で母乳を強制的に止めさせようという愚は、ドイツの例でもう沢山ではないでしょうか。何も他国の失敗例をすすんで取り入れる必要はどこにもありません。幸いに現在の我が国のお母さんたちの母乳中ダイオキシン濃度の平均値(16〜10pg/g)は、ドイツが母乳安全宣言したときの汚染度とほぼ同レベルにあるようです。安心して(とまでは行かなくとも)母乳育児を楽しんだらよいのではないでしょうか。
「母乳とダイオキシン」の近況で紹介したように、大阪府の公衆衛生研究所は凍結保存してあった1973年から96年にかけての母乳中のダイオキシン濃度を測定したところ、最も濃度の高かったのは74年で、32.1pg/gで、以後年々低下傾向を示し、96年には16.3pg/gと、74年に比べてほぼ半減していました。(図参照)
また、94〜95年にかけての厚生省の調査と、今回の98年の調査結果を、比べても、その間に約10pg/gダイオキシン量は低下しており、母乳中のダイオキシン低下傾向が伺われます。
この赤ちゃんにとって朗報といえる母乳中ダイオキシン量の低下傾向は、かつて大量に使用されていた農薬や除草剤中のダイオキシン(73年に製造禁止)の影響が、漸次減少していることによるものと考えられています。しかし余り減少減少というと、焼却に基づくダイオキシンもまた半減していると錯覚をする人もあるのではと心配です。減少しているのはあくまで農薬や除草剤に起因するダイオキシン類である事、そして食している魚介類の多くを輸入魚が占めるようになった事が母乳中ダイオキシン減少の多きな理由であるを十分銘記する要があります。主として焼却場に基づくダイオキシン対策はまだこれからの問題なのです。
これらの事実は、1970年代特に70年代前半のお母さんの母乳は、今日の母乳のほぼ倍のダイオキシン汚染度であった事を示しています。ということは、当時母乳で育てられた赤ちゃんは現在の母乳の2倍のダイオキシンを含んだ母乳で育てられた、つまり2倍のダイオキシン量を摂取した事を意味しています。。しかもその赤ちゃんたちが現在妊婦として、或いは母親として授乳や育児している世代に属する事に、皆様はお気づきでしょうか。
ダイオキシンの発ガン性や催奇形性、そして環境ホルモン作用のように、長期間にわたっての観察を必要とする影響の場合、今日の段階では予測不可能とされていますが、1970年代の世代の人たちを(男女を問わず)、その乳児期の栄養法別に分類し、精密な健康診断を行うならば、ダイオキシンによる20〜30年後における人体被害の長期的予後が推測可能となるのではないでしょうか。特に女性の場合、その多くの方が妊娠・出産・育児に関わっている世代です。必要であれば、保健所を利用しての検診は容易なのではないでしょうか。この事は「ダイオキシンと母乳の近況」の作成に際して、提案しようかと思いましたが、妊婦さんに精神的動揺を招くのではないかとのアドバイスがあり、見あわせていました。しかし、今日では上記の1970年代の母乳が今日の母乳の倍のダイオキシン類の汚染度であったという事実は、もはや常識の領域に属するようになったようなので、改めて指摘したいと思います。
何か妊婦さんをおモルモット扱いするようですが、日常の妊婦検診を通じて感じているところでは、この世代のお母さんたちに、全く何らの健康被害を生じていないと私は日常診療を通じて感じており、そして信じてもいます。
長山助教授は、”
この図では次ぎの二点に注目します。まず生後一ヶ月以内に6〜7%の新生児がアトピー性皮膚炎と診断されている事です。次に母乳哺育児では保育期間が長くなるにつれてアトピー性皮膚炎の発症率が高くなるが、人工乳児では逆に低下する傾向にある事です。”また、宮田教授は”何故生まれながらの新生児に6%ものアトピー性皮膚炎が存在するのか。胎盤経由のダイオキシン類の影響が免疫細胞の比率をアトピー型に変化させた事に依って現れたと考えています。新生児期に飲むダイオキシン類の影響が追い討ちをかけていますが。”
今日のダイオキシン騒動の主役を演じておられる方のご意見は以上の通りです。そしてこの図をご覧になった全ての方も、恐らく同様の感想を抱かれるに違い有りません。事実、この図を見た殆どの方が、今や母乳哺育児の方が人工乳保育児よりアトピーになり易い,然も出生直後からと確信したとされるグラフです。何分にも、元ネタは平成4年度に厚生省児童家庭局が実施したアトピー性疾患実態調査報告書に基づいて、「ダイオキシン問題を考える会」が作図したという、素性(?)もしっかりしたものなのであり、あの高木氏が講演の中で、其の影響を恐れて昨年まで厚生省がデータを隠していたと称し、母乳は人工乳に比べてこのように遥かにアトピーになり易く,これは昨年の大きな話題でしたと講演した事は、記憶力の良い諸兄はまだ記憶に新しいところでしょう。。
従って、私が以上述べられている結論は全くの間違いですよと異議を唱えると、恐らく一体何処がおかしいのか怪訝に思われるに違いありません。でもこのグラフには致命的な問題点が有るのです。
通常、このようなデータをとる場合、一定の対象にたいして経月的に一年間にわたり専門家が連続して厳密に診断した記録をもとに作られるものですが、この調査では、乳児検診(3〜6ヶ月〕、一才半児検診、3才児検診時における保健婦による聞き取り調査と、医師によるアトピーの診断が一度行われただけの記録です。おまけに乳児栄養については、次の一問だけなされたに過ぎません。
| 母乳 | 1 有 ( ___ヶ月〜___ヶ月) 2 無 |
| 人工乳 | 1 有 (___ヶ月〜___ヶ月) 2 無 |
| 離乳食 | 1 開始 (___ヶ月〜) 2 未開始 |
従って、”其のデータというものを見ると、統計的取り扱いは不可能で、見方に依っては何とでもいえる代物、少なくとも科学的根拠にはなり得ない”と東大の国際産学協同センター長の安井至教授は「市民のための環境学ガイド」の中で指摘しておられますが、今日のダイオキシン告発市販書をご覧の方はお気づきのように、この摩訶不思議なグラフに依って、専門家を含めて日本人の大多数が母乳哺育児の方がアトピーになり易いと、信じこまされてしまったグラフなのです。
私自身もこの図を見たとき、当初は環境汚染もそこまで来たか。母乳よおまえもかとの思いが頭をかすめました。しかしこのグラフの馬鹿馬鹿しさと欺まん性に気づいて、やっと一安心した次第です。原資料を参考にして、敢えてこのグラフから得られる結論を述べるならば、0ヶ月児の母乳哺育児の6.8%がアトピー児というのではなく、0ヶ月に母乳で育てられていた児のうちで6.8%の児が、後の乳幼児検診でアトピーと診断されたと言う事にすぎません。
胎内感作の問題にしても、医学常識として0ヶ月児でアトピー性皮膚炎を有する赤ちゃんが6%も存在するはずがありません。この非常識な数字については、大阪府と大阪市の総合母子医療センターの新生児科の部長さんに、其の可能性についてお尋ねしたところ一笑に付されました。余りにも馬鹿馬鹿しいと。
でも、月の経過と共に母乳哺育児にアトピーが増えているではの疑問に対しては、ラクテイションコンサルタントの本郷寛子さんは”母乳を長く飲むほどアトピーが増えるかのように解釈する人がいますが、アトピーの子が長く母乳を飲むのは、牛乳や人工乳が飲めないアレルギー児に必要だからです。当然の事なのです。高血圧の塩分の関係を調べ、高血圧の人はそうでない人と比べて、塩分を控えているから、「塩分を控えると高血圧になる」と言っているようなものです”と。けだし名比喩では。
それにしても局所を拡大したこの図、いかにも浮世絵の枕絵的発想ではないでしょうか。そしてこのような問題のあるグラフに基づく誤解が、世間の常識として定着しているとは困った事です。ダイオキシン騒動では、医学的な問題に対しての医療者以外の方の誤解を招く発言が多く見うけられ、最近ではダイオキシンシンドロームとでも言える、其の被害に悩むお母さん方も見受けられる様になりましたが、其の責任は一体誰が負うべきなのでしょうか?
本来子宮の内腔を覆っているべき内膜組織が子宮以外の部位、例えば腹腔内の表面で発生・発育し、月経困難症や性交痛・不妊となるのが子宮内膜症ですが、近年世界的に増加の一途を辿っており、その発生原因としてダイオキシンの関与が注目されています。
現在その発生原因としては、次に挙げる二つの説が注目されています。
1) ダイオキシン主因説
まずダイオキシンがその発生原因として大きくクロズアップ去れるようになったのは、Rier氏らが微量のダイオキシンを赤毛サルに投与して子宮内膜症を発生させた実験以来の事です。
| 無投与群 | 5ppt/日投与群 | 25ppt/日投与群 | |
| 子宮内膜症発生数 |
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| 子宮内膜症発生頻度(%) |
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尚、25ppt投与群では実験の途中で3匹が子宮内膜症が原因で死亡した。
摂南大の宮田教授によると、Rier氏等の最少量5pptは、日本の大都市沿岸の平均濃度7pptより低い。高等霊長類の赤毛サルに起こる事が人間に起こらない事はないと学者の間でも指摘され、すでにダイオキシンが子宮内膜症を発生させているという仮説は、国際的にも認められ、欧米ではほぼ定説となっているということです。
2) 月経主因説
98’4月まで子宮内膜症の原因としてはRier氏らのサルの実験と、近年の子宮内膜症の増加と言う人の疫学データが結びついて、ダイオキシン主因説が主流を占めていました。所が5月27日厚生省生活衛生局長の私的検討会で東大産婦人科教室の武谷教授は「子宮内膜症増加の第一要因がダイオキシンのような環境ホルモン様物質とは考え難い」と現時点における纏めと、それに代わる今日医学的に認められている月経主因説を紹介した。
その内容は<ダイオキシンによる健康被害・・・その真偽を問う>を参照して頂きたいが、其の要旨は、人及び動物実験を通じてダイオキシンと子宮内膜症の因果動物実験を論じるには、,あまりにもデータが希少で、一貫性にかけている。従って現時点で結論の導出は無理であるが、少なくとも人における子宮内膜症の発生リスクは、月経、妊娠、分娩暦、女性のライフスタイルなどで説明しうる部分が大きく、ダイオキシン類が其の発生を規定する強力な因子とは言い難い。不規則な生活、ストレス、体重の増減など生活環境に依って、内分泌系は非常に変化しやすいのである。子宮内膜症のうち、ダイオキシンの占める割合はせいぜい1〜2%あればよいところであろうと武谷教授は述べています。
さて、皆さんはどちらの説が妥当だと考えておられますか。
ダイオキシン対策の遅れた我が国の場合、母乳中のダイオキシン類の汚染度は、市販されている多くのダイオキシン告発書によると世界一だとされています。また、環境汚染告発キャンペーン家のT氏によっても、日本の母乳は圧倒的に汚染されており、10年前も今日も日本の母乳はもっとも危険だと強調されています。
そこで世界各国の母乳中のダイオキシン類汚染度を1980年代の後半にWHOが調査、比較したデータを纏めたものを次に示します。
| 国名 | 2、3、7、8ーダイオキシンとしての濃度 (脂肪重量当たり:pg/gまたはppt) |
| オランダ |
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| ベルギー |
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| イギリス |
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| ドイツ |
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| スウェーデン | 20〜23 |
| フィンランド | 16〜18 |
| ノルウェー | 15〜19 |
| カナダ | 16〜23 |
| アメリカ合衆国 | 17 |
| ハンガリー | 9〜11 |
| ユーゴスラビア | 12 |
| タイ | 5 |
| インド | 6 |
| ニュージーランド | 6 |
( WHO Regional Office for Europe : Environmental
Health 34,” Levels of PCBs ,PCDDs and PCDFs
in breast milk”,1989をもとに作成)
以上の纏めを見る限り、我が国の母乳汚染度は決して世界一では有りません。ヨーロッパの工業先進国が最も高く、次いで日本、北ヨーロッパ、北アメリカと続いています。
しかし市販書の中には、この表の我が国の個所に、・・・日本(大阪)51pg/g・・・と、宮田教授が78’〜84年にかけて大阪府の女性を対象として測定したデータがしばしば追加されています。私は測定年代にずれがあるので此れ迄このデータを省いてきましたが、この51pg/gと言う数字こそ、此れ迄日本の母乳が世界一汚染されている決定的証拠として多くの人に取り上げられてきていたのです。
所が横浜国立大学の中西準子教授によると(「中西準子の個人ページ」というホームページの雑感より)
、宮田教授のこのデータは”我が国の母乳汚染は世界一高いという論文や報道が続いていたが、其の根拠は摂南大学の宮田さんが1970年代のはじめの母乳について分析した値、51pg/gと言うデータのみだった。然もこの分析では、2378体と非2378体とのピークが分離していない。それを、全て2378体として計算した結果である。だから、このデータは信用できないと言うので、私はこの宮田さんのデータを除いて・・・”というように、この51pg/gと言う問題のある数字が一人歩きしてしまったという事情からすると、我が国の母乳のダイオキシン汚染度が世界一というのは、この異議ありの数字に依ってもたらされた、まぼろしの世界一の汚染という事ではないでしょうか。事実この値を除いたその他の母乳汚染度についての数字は、決して世界一ではなく、通常の工業先進国の値とほぼ同一のレベルにある事は、上記の表の数字でもお分かりの事と思います。
帯広畜産大学の中野益男教授は今春(98’)の日本農芸科学会で、日本を6ブロックにわけ、その内のダイオキシン汚染度の比較的少ない2ブロックの牛乳中のダイオキシン類濃度について発表しました。
表は廃棄物焼却施設の位置関係や風向きを示したものですが、中心から五km以内の牧場で採れた牛乳からは牛乳1g当たり0.2pgのダイオキシン類が検出されています。この濃度は牛乳脂肪当たりに換算しますと、4.6pg/g脂肪となり、これは北海道十勝地方の女性の母乳汚染度の1/2から1/3の濃度に相当します。ドイツ・オランダでは牛乳の汚染が一定の汚染濃度以上になると、廃棄処分にしていますが、其の値は夫々5pg及び6pgであり、我が国の場合、一見廃棄基準以下のようですが(事実そのように新聞には記述してあった)、中野教授の測定はダイオキシンとダイオキシフランのみの測定で有り、一方ドイツ・オランダの基準にはCOPCBをも含んだ値であるからして、検査せる我が国の牛乳の場合も、COPCBを測定して加えるならば、ドイツ・オランダの廃棄基準を優に越す値となる事は少し考えれば分かる事です。事実中野教授に直接お尋ねしたところ、全くそうですとのご返事を頂いています。
この発表は同時に測定した6ブロックのうち、比較的汚染の少ない2ブロックに限定しての発表でしたが、学会終了後、其の発表や内容についてかなりの圧力や誹謗があったとの事です。また同時に平行して測定した本州の都市近郊の牧場の牛乳からは、非常に高濃度のダイオキシンを検出したとの事である(結果は公表しないと言う約束の下に測定)。しかし我が国では牛乳の汚染に対する規制はなく、其の汚染の実態は全く闇の中である。
また、「ダイオキシン牛乳と和牛死産の増加」というホームページの中に、次のような文が掲載されていました。
”ある分析会社のかたから聞いた話です。ある牛乳メイカーが自社ブランドの牛乳の安全性をPRする目的で、ダイオキシン濃度の測定を依頼した。しかしその結果はメーカーにとってはショッキングなものでした。結局其のデータはその後も公表されませんでした。今のシステムでは都合のよいデータのみが表に出て、他は闇の中へと消えていってしまいます。
尚、厚生省は、たとえダイオキシン濃度の高い牛乳であっても、出荷時には濃度の薄い牛乳とブレンドして出すために、飲む人には危険はないとしています。しかし牛乳は子どもたちや妊婦が好んで飲むもの、早急に汚染の実態の解明と規制が望まれます。
蛇足とは存じますが、最後に今日乳児用に作られた粉乳では、その脂肪は植物性の脂肪と置換してある為、ダイオキシンの含量は問題とはなりません。
1979年台湾で起こった油症事件で、油症患者のお母さんから生まれた赤ちゃんの追跡調査に際して、其の子どもたちに知能の低下が見られたと言う事です。其の知能低下の仕組みについては、母体に取り込まれたポリ塩化ダイベンゾフランとコプラナーPCBが、母体の甲状腺の機能に障害を与えたために、甲状腺から分泌されるサイロキシンの分泌低下が生じ、胎児の発生過程で脳の発生や分化に重要な役割を果たすサイロキシンの低下により、胎児の脳の発達に悪影響を与えたものと考えられています。
また、母乳中のダイオキシンが乳児に与える影響についてもIQの低下などが報告されていますが、それはかなりダイオキシン濃度の高い場合であって、通常のレベルとはかけ離れていて医学的には問題外でした。
ところが九州大学の医療技術短期大学部の長山助教授は、一般人の数倍以内というダイオキシン類濃度で影響を生じていると報告していました。其の成績は表のごとくで
、このグラフでは母乳中のダイオキシン濃度が増加するにつれて血中のサイロキシン濃度の低下が見られ、さらに通常の臨床レベルで生じている唯一の証明された影響の例として、あらゆるメディアを通じて紹介されてきました。
ところが環境危機管理学の権威である横浜国立大の中西教授は、新潮45の12月号に掲載されている”「環境ホルモン」空騒ぎ”論の中で、「驚くべき事に、今年の夏ストックホルムで開かれた国際ダイオキシン会議で長山さん自身がこの関係は統計的に有意ではなかったとして否定したのである。私はたとえこの関係が成り立ったとしても、母乳を捨てる事にはならないと主張してきた。サイロキシンの濃度がこの程度低下する事は一つの生体内反応であって、直接病気の発生を意味しないからである。しかし一方で、母乳の利点は、乳児が罹り、時には致命的な影響を与える病気を防ぐ事である。判断基準の重みが違うのである。これをリスク評価の専門用語で、評価のエンドポイント(影響評価点)が違うと言う。」とまさに驚くような出来事を紹介しておられます。
このように通常の臨床レベルでは知能の低下など問題外と言う事が明らかになった事は、私たち人類にとって朗報とはいえますが、しかし、母乳中のダイオキシン類濃度とこのサイロキシンレベルの関係は、此れ迄多くのマスメディアに依って一般市民に知らされ、其の不安や恐怖心を助長してきたのは事実であます。しかし上に掲載した
グラフを見ればお感じになるように、この程度の測定サンプル数で統計的に有意さありと断言してよいのか気になるところです。事実昨年の長山先生の報告の場合、サンプル数が増えたところ統計的に有意差なしと言うことになったようです。従って又サンプル数が増えると有意差ありとなるかもしれません。ようはその変化はボーダーライン上にあると言うことでしょうか。
先に大阪府公衆衛生研究所のデータに依って、約25年前の母乳と今日のお母さんがたの母乳のダイオキシン汚染度を比較すると、其の濃度はその間にほぼ半減している、つまり汚染度は大体1/2に低下している事、更にこの低下は、ダイオキシンを含んでいた農薬の製造・販売中止に基づくものであろうとのべました。
このダイオキシン濃度の変遷の様子を、ドイツの事情や場合と比較してみましょう。
| ドイツ | 母乳中ダイオキシン量・pg/g | 母乳中ダイオキシン量・pg/g | 日本 | |
| ’84から10年間母乳規制 (4ヶ月以降中止)→精神的動揺や不安 |
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1986年から1989年 |
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| ’89末環境保全第一のグリーン経済という新経済体制 91’包装廃棄物規制令 |
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| 「母乳育児に危険はない」と宣言 |
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| 12〜14 | 現在 | 10〜12(北海道・東北) 14〜15(東京・大阪・埼玉) 15(埼玉) 能勢町(8.8〜15.6=平均12.5) |
尚、上記数値はあくまで平均値である事に留意されたい
さて1980年代の後半、ドイツ女性の母乳中のダイオキシン量は28〜37pg/gで有り、我が国の母親の平均24pg/gと比べても、かなりの高値であった。ドイツ政府は乳児のダイオキシン汚染を心配して、84年から10年間、高い汚染値の母親には授乳を規制していましたが、その事が母親の精神的動揺や不安を招き、母乳率の低下も来たしたため、95年には「母乳育児に危険はない」と宣言し、自由に母乳を与えるように改定しました。しかしこの宣言の裏には、89年末に、此れ迄の経済至上主義から環境保全第一の新経済体制への転換と共に、91年の包装廃棄物規制の施行などにより、急激に母乳中のダイオキシン汚染の低下がえられたことが大いに預かっているのである。そして現在の汚染度は、12〜14pg/gだといわれています。
それに対する我が国の汚染状況を見ますと、工場群の少ない北海道(十勝地方)では10〜12pg/gと低く、東北地方の仙台や秋田もこれに準じています。この値はドイツの女性の汚染度よりも低い値です。
一方、98年4月7日の厚生省中間発表における初産婦30日目の値は、東京、大阪、埼玉、石川4都府県の平均値が
15。2pg/gでした。次いで、その後公表された産後150日目の値は13.6pg/g(最大値24・最小値4.3pg/gで、大体ヨーロッパの先進工業国とほぼ同等といった値のようです。
その他の新しいデータとしては、東京都の衛生局から平成10年度母乳中ダイオキシン類濃度調査中間報告として、平成10年7月から10月にかけて,産後30日目の初産・経産婦夫々60名の母乳中のダイオキシン類及びCo−PCBの測定結果が報告(98.11.30)されています。それによると以下のごとし。経産婦は初産の母さんより低く、高年齢のお母さんは低年齢のお母さんより高い傾向が認められています。其の傾向は個人同士のバラツキよりは低いようですが。
| 初産 | 経産 | 平均(pg/g脂肪) | |
| ダイオキシン類濃度 | 18.8 | 13.1 |
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一方、焼却場からのダイオキシンの高濃度汚染で心配されている能勢町の6名の母親の母乳中ダイオキシン濃度は、大方の予想に反して其の平均値は12.5pg/g(8.8〜15.6pg/g)(98.10.10)と低値でした。
「今私の赤ちゃん(3ヶ月)に100%母乳をあげていますが、なかなか顔のジクジクが治りません。治ったと思ったらまたぶつぶつが出てきて膿んできています。どんなに毎日顔を洗ってやってもだめです。それで、改めてダイオキシンの事を真剣に考えるようになりました。
実は、高木さんの講演のテープを主人が聞きましたが、なかなかせっとくある話で、その口調からも真剣な雰囲気を感じたのでこれは真剣に考えた方がいいよと主人に昨日言われました。私も今、顔や足のぶつぶつ、かさかさに悩んでいたので、おもいっきって1ヶ月間人工ミルクに変えてみようと思います。それで、良くなって、また母乳を1ヶ月後にやってみてそれで悪くなったら、明らかに原因は母乳だという事が分かります。実は私は野焼き天国と言われている京都の伏見にすんでいたので、ダイオキシン濃度は人より倍多いと思います。私が難聴なので、子供に関しては人1倍神経を使っています。もしダイオキシンが原因で障害が出てきたりしたら、耐えられません。」
昨年末にこのようなメールを頂きました。ダイオキシン口害は依然健在のようです。
さて、横浜国立大学の中西準子教授(環境危機管理学)は、その「環境ホルモン」空騒ぎ論の中で、”今新聞、テレビ、雑誌などでダイオキシンについていわれている事、そこに登場する学者の言っている事は、余りにも大袈裟で九割方間違っていると思う”と述べ、其の一番の原因は「ハザード」と「リスク」の区別がないことであると。
この両者を簡単に説明すると、ダイオキシンは確かにハザードである。しかし人の健康への危険度、つまりリスクは其の物質の毒性の強さと摂取量とで決まる。従って強いハザードでも摂取量が少なければリスクは少なくなる。人間にとって大切な指標は、ハザードとしての特性ではなく、リスクの大きさと其の特性である”。
そこで次の図を見て頂きたい。
この図は先に紹介した中西準子教授が、日本人の場合、一日平均でどのくらいダイオキシンを摂取しているかの推定量を図示したものです(以下中西教授の”ダイオキシン空騒ぎ”より)。
平均的な日本人の推定摂取量は宮田教授によると175pg(食物 163・大気吸入分10・その他2)=一般人(1)、環境庁調査では75pg(63+10+2)=一般人(2)となります。
そこで現在もっともダイオキシンに暴露されているとされる茨城県の竜ヶ崎市城取清掃工場より1キロ以内に住み、30年間その影響下で生活し、食べる野菜の全てはそこで採れたものとし、焼却炉排ガス中のダイオキシン濃度は一立方メートル当たり許容量の50倍である4000ナノグラムという最悪の特殊な状況を設定して、先の一般人(1)に加えると247pgとなり、予想に反して意外に低値を示した。そこで皆様がご存知のように、人体へのダイオキシン進入の殆どは経口摂取で有り、然も日本人ではその7割が魚介類を介してです。然も我が国には多量に魚を食べる人たちがいます。仮に宮田教授の条件下で魚介類を一日平均320g食すと仮定しましょう。すると一日平均摂取量は386pgと急激に高くなりました。
これで埼玉県の所沢周辺にお住みの方の母乳のダイオキシン汚染度が我が国の全国平均と変わらなかった理由、そして前回紹介した能勢町にお住みの方の母乳中のダイオキシン濃度が12.5pgとむしろ北海道・東北地方並みの値を示した理由がお分かりの事と思います。
上記の事実は同時に妊婦さんや其の予備軍の女性に対して、母乳育児を見越しての十分な啓蒙活動の必要性と其の有用性を示しています。尚、ダイオキシン対策としての食事の取り方、特に個々の魚介類とそのダイオキシン汚染度については、未だ不十分な実態しか解明されてはいませんが、その基本的な対応についてはすでに「私たちの赤ちゃんをダイオキシンから守るためには・・・食事編・・・に紹介してあり、それを参照されたい。