なぜわが国では母乳育児が復活をしないのか                            

1970年代母乳育児は欧米の医療先進国においては、危うく20%台を割りかねないレベルにまでに陥りましたが、その後この危機的状況に気づいた各国政府や関係者の努力により、近年では70%から90%台への回復も報じられるようになりました。しかしわが国の現状を見れば、今日に至っても産後一ケ月時の母乳率は、依然として40%台にとどまるという悲しい現状です。その理由は奈辺にあるのでしょうか。

@       改革能力に乏しい民族性

農耕民族であり、何でもお隣と同じでないと落ち着けない、護送船団方式が最も適している民族性からして、よほどの危機的状態になるか、外圧が加わらない限り革新的変革をなしえないのが私たち大和民族のようです。このあたりに徳川300年の平和の理由や、欧米の外圧によって始めてなしえた明治の政変があるようです。

日本人は一つのテーマについて徹底的に討論しあい、得られた結果を直ちに実行に移す事は苦手なという民族性からして、一度出来上がった、そしてなんとなく大過なく過ごしてゆけて、営業的、そして管理的見地からも好都合であり、しかもおまけにWHOコードにより国際的に禁じられているにもかかわらず、乳業会社からの実利的援助が得られるという損得勘定も加わり、母子別室制と人工乳投与という新生児管理システムはなかなか捨てきれないのがわが国の現状のようです。なお、日本人にいちじるっし他者に対する過度の思いやりが、疲れているだろうという母親への思いやりとなり、他の医療先進国にでは見られなくなった母子別室制へと繋がっているようです。これまで私はこの新生児管理システムをブロイラー方式と揶揄してきましたが、この頃では“拉致“そのものではないかと考えています。

A       フェミニズムの浸透

母性愛神話の罠とか幻や3歳児神話の否定など、1990年代にフェミニズムの立場からなされたキャンペーンによって、マスメディアのみならず、産科医療者の多くが、乳幼児期における母子関係の重要性を否定、或いは軽視する風潮に染まってしまった結果、周産期の母子関係の意義や価値に無関心となってしまっているのが現状です。

しかし産科医療者にとって、彼女(?)たちの主張をもう少し見極める努力を払い、その論理の行き着くところ・・・母子相互作用や母と子の絆の否定であり、母親といえども、他の大人たちや犬のポチや猫のミケと同等の価値の、つまりone of themに過ぎない・・・というような論理に接すると,この教条主義的な、或いは権力的とも言える主張に寧ろ嫌悪を覚え、改めて対応を考えるようになるのではないでしょうか。

B       SMC方式の普及

わが国では古くから藤森式とか桶谷式マッサージのような乳房マッサージによって、母乳の分泌増加を図る試みが普及していました。そしてその延長線上にあるSMC方式による母乳確保の努力が、わが国の多くの産科施設によって採用されています。しかし乳房マッサージによって母乳の分泌増加はどの程度得られるものでしょうか。内分泌学的研究では乳首に対する吸てつ刺激や物理的刺激、及びエモーショナルな影響によってプロラクチンの分泌増加、その結果としての乳汁の分泌は得られるものの、乳房自体への刺激によってはプロラクチンの増加、ひいては乳汁分泌増加は得られない事が証明されています。勿論血液の流れの改善によって、つまりおっぱいの製造過程ではなく、流通過程への好影響によって、結果として若干の哺乳量の増加は望めるにしても、それとて、とても母乳育児率の大幅な向上を望むべくもなく、寧ろ、産科施設の「私たちも母乳育児へ向けて協力しています」というエクスキューズに利用されているに過ぎないと、私には思えます。このSMC方式の普及は、欧米の医療先進国には見られないわが国独特の風習で、本格的な母乳育児率向上へ向けてのネックになっています。

以上の三つのポイントが、わが国の母乳育児率の向上を妨げている大きな原因となっていて、今日のお母さんの多くが一応知識としては母乳育児の必要性を感じているにも拘わらず、そこへいくら医療者が母乳育児の素晴らしいさを推奨しても、なかなか母乳育児の復活が望めない理由となっています。

 ところがかかる状況下、最近思わぬ予想外の所から、母子同室・頻回授乳を中心とした10か条方式による母乳育児に強力な援軍が現れました。

 それは敵の敵は味方という現象です。その母子別室制の敵とはMRSAです。昨年も某市民病院の新生児室における集団感染症の発生が報じられていました。特にMRSAによる感染症の発生は病院のイメージにとって致命的ですし、第一赤ちゃんにとっては絶対に避けたい事態です。しかし現状は、多くの施設からMRSAはいまや新生児室の常在菌となっており、その撲滅は困難であると報じられています。最近も大阪府下の或る市民病院の小児科のドクターから、これまで新生児室からMRSAを排除するためにあらゆる努力と工夫を重ねてきたが、最近、その完全撲滅は不可能であり、残されたベストな対策は母子同室と母乳育児しかないという結論に達した。向後、10カ条による母乳育児と真剣に取り組む事に決めたので、よろしくご指導をという連絡をいただきました。特にNICUと同居する新生児室など、常に病原性の高い“細菌との遭遇”の必然性という宿命を背負っており、それを避けるには産後12時間以内の退院か、母子同室しかないということになる訳です。母子同室であれば貰うのは、お母さんからの素性の良い細菌であり、しかも既に胎内から、産後は母乳からその細菌に対する抗体を貰う仕組みが存在するのですから。

先日も関西テレビよりBFHIについて数回にわたる取材を受けた際、記者の方もこの新生児室を巡る新しい情報には驚いていましたが、一日も早くこの現状が産科医療者やマスメディアの常識となれば、お母さんと赤ちゃんにとっては力強い援軍となるのですが。