“母乳育児は楽しい育児”の仕組み解明 !
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● 授乳で母親の記憶力向上
・・・・・脳活性化ホルモン分泌
今年(2001年)の12月8日の朝日新聞夕刊号にこのような活字が踊っているのをご記憶の方も多いと思います.私はこの記事を読んだ後、母乳育児を推進する人にとっては、21世紀初頭を飾る最も嬉しいニュースの一つでは無いかと思わず歓声を上げました.朝日新聞を取っておられない方のために、先ずその記事を紹介しましょう.
“ 母親が授乳する際に分泌されるホルモンが、母親自身の脳を活性化し、記憶力を向上させる作用があることを、岡山大学大学院医歯学総合研究科の松井秀樹教授(細胞生理学)と富沢一仁講師らの研究チームが突き止めた.授乳は乳児の栄養補給や母子のスキンシップに効果的とされているが、母親本人にも良い影響を与えるメカニズムがはじめて解明された.
松井教授らは出産、授乳時に多量に分泌され、子宮や乳腺を収縮させるホルモン(オキシトシン)と記憶や学習を司る脳の中心部にある「海馬」との関係に着目。オキシトシンに浸したマウスの海馬の切片と、浸さなかった切片夫々に、電気刺激を与える実験をした.
その結果オキシトシンに浸した切片の細胞は、浸していない切片よりも活性化し、記憶や学習の過程で起きる「長期増強」現象の時間が、三倍以上も長くなり、記憶力が高まることを実証した.更に、妊娠後で授乳中のマウスと、妊娠していないマウスでも記憶力を試す実験をしたところ、授乳中のマウスで高い記憶力を示す行動結果が出た.
この研究は、海馬が破壊され、記憶障害になるアルツハイマー病の効果的な治療法として利用できるとして、同大は特許を出願.研究チームは十一月、北米神経学会でこの研究を発表し、一万五千題の発表から三十台しか選ばれない重要な研究として認定された.
松井教授は「出産、授乳中の母の頭の中には劇的な変化が起こっていると思われる.母性が現れることにも影響していると考えられ、母乳による育児の大切さがわかる」としている.
オキシトシンに詳しいカバ秀人高知医大教授(神経生理学)の話「オキシトシンが学習に影響すると言うことは、行動学ではしられているが、そのメカニズムは明らかではなかった.今回、オキシトシンが海馬に直接働き、長期増強に影響すると解明したのは画期的だ。“
注記 : 長期増強(LTP, Long Term Potentiation) と言う現象は、ラットなどの脳から分離した、生きている海馬の部分を用いて、その切片内のニューロンを高周波の電流(テタヌス刺激)で発火の準備させる刺激を繰り返して与えると、隣接するニューロンの反応が強くなります.このように高周波を何度も繰り返して、暫く間隔をあけた後(数時間後でも)に弱い刺激を与えると、標的ニューロンは著しく興奮してきます.言い換えると興奮が増強されたのです。この現象を長期増強と言います.ニューロンにテタヌス刺激を加えると、何度も繰り返えされる刺激によって、分子レベルでは特定のイオン・チャネル(この場合カルシウムチャンネル)が栓を抜かれた状態になり、後で弱い刺激を与えられてもカルシウムがどっとなだれ込むようになると考えられます.
(主としてBBC・脳の研究・スーザン グリーンフィールド著・無名舎より)
● 母親と育児観の実態
大日向雅美・恵泉女学園大学教授が乳幼児を育児中の六千人の母親を対象として行なったアンケート調査によると、「あなたは子育てをつらく思うことがありますか?」と「子どもが可愛く思えないことがありますか」という二つの質問に対して、回答した母親達のうち、夫々九割、八割のかたが、「子育てをつらく思うことがある」「子どもが可愛く思えないことがある」と答えています(子育てと出会とき・NHKブックスより)。私はこの数字は妥当な線だと思います.一日二十四時間毎日続く育児中には、楽しさだけではなく、育児や我が子にネガティブな感情に陥ることも当然のことながら起こりうるでしょう.
また、1999年2月、総理府の広報室が全国の18歳以上の男女五千人を対象として、少子化に対する関心、結婚と子育てに対する意識、仕事と子育ての両立などについてのアンケート調査が行なわれました.
神戸大中村肇教授はこの調査結果を報じた新聞記事の見出しを見て愕然としたと述べておられます(第8回母乳育児シンポジウム記録集).「未婚の女性の34%しか子育てを楽しいと感じていない」がその見出しです。之では殆どの未婚の女性が育児というのは辛いと感じていると言う印象を読者に与えかねないとして、早速厚生省から詳しいデータを取り寄せて調べました.するとそのアンケート成績には「わからない・その他」が21.1%もあり、実際に「辛いと感じる」と回答した未婚女性は4%でした.尚、「楽しさも苦しさも同じくらい」との回答は40%。また、既婚女性の場合でも「辛いと感じる」との回答は3.4%でした。
その偏向報道は別としても、30〜40%の男女が未婚・既婚を問わず、楽しさと辛さは同じ位と答えており、設問自体が少し異なりますが、1900年代早期に行なわれた大日向氏の調査(思えないことがある・思うことがある)より、1999の調査では(楽しさも苦しさも同じくらい)と育児についてはより厳しい捉え方になって来ています.
これらのアンケート調査から類推すると、時を経ると共に育児への楽しさの低落傾向が見られる一方、逆に育児に辛さを感じる母親が増加している様子が窺われます。
つぎに、より極端な例として児童虐待について見ますと、すこし古い話ですが1990年に大阪に設けられた「児童虐待ホットライン」には、発足以来僅か二年間で三千件を超える相談例が寄せられたと言われます。更に子どもの虐待死の報告となると、1992年からの5年間に厚生省の研究班の調査によると、245人の虐待死が確実視されています.又、今年(2001年)の12月13日の新聞報道によると、児童虐待防止法が施行された昨年11月からの1年間で、警察庁の纏めた報告では、186件の児童虐待事件が発覚し、虐待にあった18歳未満の子は192人で、そのうち56人が死亡しており、命を奪われた子は前年同期に比べて13人も増えている(之だけでは増加傾向とはいえないが)と報道しています.この数字は一年間に千人を越す虐待死が報告されている米国ほどではないにしても、わが国の育児事情も悪化の道を辿っており、児童虐待が大きな社会問題となってきていることがわかります。
しかし児童虐待とか育児放棄の現状報告や発生要因の分析が、この話題のテーマではありません.ここでは先の松井教授らの研究成果をもとに、育児ストレスが過度になってきた場合に起こるであろう、児童虐待或いは育児放棄が生まれる脳内メカニズム、そしてそれを防止する仕組みについて考えてみましょう.
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過度の育児ストレスによって母親の脳内に生じる影響
エール大学医学部で大脳生理学の立場から育児放棄を研究しているシーラ・ワン(SHEILA WANG,phD.)博士は、育児放棄をしてしまう母親の脳内では、異常なほどの大量のコルチゾルが分泌されていると考えられていて、このコルチゾルは脳の海馬Hippocanpusに大きな影響を及ぼしていると述べています.
この海馬は大脳辺縁系の中に位置し、我々の記憶を司る中枢として知られていますが、実はこの海馬にはコルチゾルの影響を受けやすい神経細胞が数多く存在しています.つまり、過度のストレスが加わり、大量のコルチゾルが分泌されます。するとそのコルチゾルが神経細胞のシナップスの隙間にまで入り込み、その影響で神経細胞にカルシウムが流入してしまい、その結果として海馬の神経細胞が過剰に興奮し、死滅し、やがて海馬の機能低下が起こるという仕組みです.
では、このようにして育児中に海馬の機能低下が生じた場合、私達の育児行動はどのような影響を受けるでしょうか.
この疑問について、シーラ・ワン博士は、お母さんの育児行動に柔軟性が失われると述べています.そしてその結果、育児中に起こるであろう具体的なトラブルの例として・・・
例えば、大きなコップに飲み物をいれて子どもに与えます.子どもはコップが重すぎて、コップを取り落とし、飲み物をこぼしてしまいます.
このようなアクシデントに対して、育児のストレスが原因で海馬の機能が低下している母親の反応は、子育てに柔軟な思考が失われているために、コップを取り落としたのは、子どもの注意不足が原因と速断し、即座に気をつけなさいと叱責してしまいます.このような衝動的な育児行動を起す母親は、今日私たちの身辺で、例えばデパートのおもちゃ売り場、或いは交通機関の場で、日常茶飯事として見かけるのではないでしょうか.
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では、授乳中のお母さんの育児行動は?