大外 新任日本語教師のオリエンテーション


大連外国語大学、日本語学院へようこそ。これは、新しく来られた日本語教師の方々へ、これまでの経験をまとめたものです。大学の正式な書類ではありませんが、参考になれば利用してください。訂正・追加があれば、下記へ連絡してください。(三上吉彦 記)

    大連外国語大学

  1. 大連外国語大学(大外)は、中国・大連の中心地である中山広場から延安路を南に10分ほど歩いて、勝利路との交差点にある入り口から南山の麓に広がるキャンパスにあり、交通至便のところです。

  2. 大外は、はじめ1964年に周恩来首相のお声がかりで大連日語専科学校ができて(同時に上海に英語専科学校、北京にその他の語学専科学校)、文化大革命後の1978年に英語学部その他の学部を加え大連外国語学院と改名し、日本語学院は1995年に現在のかたちになりました。大外の院長は、2001年9月から孫玉華(Sonya Sun、ロシア語)先生、副院長は趙忠徳(英語)先生です。

  3. この大学は遼寧省立で遼寧省の学生が圧倒的に多いですが、中国東北地方の他2省(吉林省・黒龍江省)および他の中国全土の省からもきています。英語学院が本科生の1学年500人で1番多く、日本語学院が370人で次に多く、漢学院が300人(うち半数が日本人)、その他の学部は100人前後となっていて、現在の4年生はこの約半数ですから、過去2〜3年に学生が倍増されています。なお、漢学院で中国語を学ぶ学生の約半数は日本人です。

  4. キャンパスは5層の階段状になっていて、1段目の左に韓独仏語学部とそのさらに左に新装なった第1教学楼、2段目に英語学部と社会科学部と庭園とオーディトリウム(礼堂)と体育室(体育房)、3段目に日本語学部と図書館(図書電教館)と学生食堂とバスケットボール・コート、4段目に大外賓館と専家楼(正式名は大外賓館南楼)と運動場、5段目に漢学院となっています。

  5. キャンパス内の食堂は、学生食堂、その下あるにある学士快餐(刀削麺がある)、大外賓館のロビーの右(韓国料理)、専家楼の1階と地下、漢学院の地下にあります。漢学院から左へキャンパス外へ出たところ(麒麟東巷)にも、日本・韓国式のレストランなどがあります。電話は、日本語学院の1階入り口(2台)、図書館(2台共にIC電話)、キャンパスの入り口の脇の建設銀行の支店の前(2台のうち1台がIC電話)などにあります。コーヒーショップは、大外賓館のロビーにある韓国料理店、韓国語学部の5階にあるコーヒーショップがある。

  6. キャンパス内の本屋は、第1教学楼の1階(116室)と、図書館の1階へ入って右側にある。漢学院の2階の閲覧室では、中国語学習の本を売っている。校外では、中山広場の北側の康民街を2〜3分いったところに、全国チェーンの新華書店が1番大きく、駅前の勝利広場の地下3階にもある。正門を出る前すぐ右の小屋に大学郵便局があり、学生用のクラス別私書箱もここにある。正門を出て、延安路を少し下り、七七路で右にまがったところの左手に郵便局がある。

  7. 図書館の3階右側は教師参考室になっていて(大学院生も入れる)、この部屋の右側に日本語の図書、左側に日本語・英語・中国語の新聞(朝日新聞、USA Today、China Timesなど)・雑誌などを見ることができます。かばんを入り口に置くようになっていて、貸し出しは不可。おもに武春福先生などが管理している。インターネット端末も4台置いてあり、多少遅いですが便利で、一番左側の1台に日本語フォント・IMEも入っています(Alt-Shiftで切り替える)。本をコピーしたい時は、出口右側のノートに書いて、1階の図書館出口の右側のコピー機でコピーしてもらいます。1階の図書を借りるには、図書館東側のドアを入って3階にある事務室で、図書貸し出し証(図書借閲証)を写真と110元(うち50元が保証金なので、あとで返してくれる)と専家証で申し込む必要があり(翌日くれる)、本は1ヶ月借りられます。注:図書館2階へ階段を上がったところ左の部屋に、図書館員のレクリエーション用の卓球台が2台あり、月〜金の12:00〜13:30に利用できます。

  8. 大外には、例年10〜20名くらいの日本人の教師が居られ、その内約半数が新任教師です。学年が始まる9月の末には、新旧の教師が一緒に食事をしながら、自由参加の交歓会を開いています。2001年9月には、いままでの小寺修、横山邦治、松前昭夫、渡部操、信太(しだ)武、中町和子、今泉郁夫、野田孝子さんに、新任の山内摩耶子、三上吉彦、小林幹子、木村祥子、和気真沙美、佐藤喜彦、青木志帆、加藤絹代さんが加わりました。3月からの第2学期には交歓会はなく、6月末にお別れ会があります。

    日本語学院

  9. 日本語学院(日院)は、上に述べたように、大外の基礎となった学部で、中国の日本語学部としてはもっとも長く、輝かしい伝統を持ち、「日語知識」誌や日本語教育書籍の発行、「中日文化国際研究フォーラム」の開催などにより、中国の日本語&日本文化研究・教育界をリードしています。1964年の創立期のころのことは、1期生の劉金サ副院長と陳岩先生(2000年まで日本語学院長)、2期生から教えておられる[口+戛]日迪(ガルディ、チチハル出身の蒙古族)先生が詳しい。

  10. 日本語学院の4階に教師の方々の部屋があり、蔡勝利院長(412号室)も劉金サ副院長(408号室)も居られますから、教科上の問題はお2人に相談してください。お2人とも、それぞれ東京/大阪外国語大学と大阪外国語大学でも学ばれ、日本語の専門分野でもそれぞれ日本語音韻、日本語言語の分野で中国有数の方々で、十分ご相談に乗ってくれています。

  11. 本科生(大学生)の事務室(弁公室)は404号室にあり(内線は6355)、ここで学年始めに「校歴」と書いた学校のカレンダーをもらえるので、入手してください。国慶節の休暇、元旦の休暇、春節の休暇(ほぼ2月)などのスケジュールが詳しく載っています。

  12. 授業中に外からの緊急連絡は、0411-280-3121内線6355(4階の弁公室、ただし日本語はできない)またはファックスで0411-259-2744 (4階のコピー室、下記)がいいでしょう。

  13. 4階の413号室が、日本人教師とその他中国人教師の控え室(最近、教師休息室(四)という名札がドアに張られている)になっています。大学の住所で郵便を受け取られたい方は、
    郵編:116002
    遼寧省大連市中山区延安路94号
    大連外国語学院 日本語学院 外教(413室)
    XX YY 収
    部屋の入り口の左側に飲み水・お湯が出る装置があるので、茶碗とお茶を持ってくれば、朝のお茶を楽しめます。部屋にあるパソコンは、日中技術者交流センターが派遣教師のために寄贈にしているもので、Windows 95日本語版にMicrosoft Office 95 (Office 7.0)が入っていて、プリンターはCanon BJC-210です。Macintoshも、Color ClassicとPerforma 575と2台があり、プリンターはHP DeskWriter。

  14. 中国では普通コピーを学生に渡さず、教師が黒板に書いて、学生がそれをノートに写し取ります。4階にコピー室(復印・録音復製、417号室)がありますが、一般教師は大学の許可がない限り有料です。どうしてもコピーをしたい時は街のコピー屋さん(「復印」印刷所と書いてある)でやりますが、1枚4〜5毛程度です。(注:大学の東側の道路、麒麟東巷から勝利路へ出る手前の右側にある写真屋、美満図片社にコピー機があり、ここは4毛。)コピー代は大学は支払いませんから、教師の自己負担になります。

  15. 教師資料室(407号室)が1階から4階へ移動しました。日本語の辞書、参考資料、中国の新聞(人民日報、光明日報、大連日報など)がありますから、自由に見れます。

  16. 各クラスには班長さんが居て、授業開始後2〜3回後に教師の授業について、「先生のやり方は中級向けで、我々は新語は家で予習してくるから授業では不要で、もっと会話中心に高級なことをやって欲しい。」などの注文をつけてきます。その場で他の生徒も同じ意見か確かめて、注文に沿ってやることをお勧めします。ただし、クラスの意見はどちらかというとできる生徒が中心で意見がまとまるので、そのあたりも含めて授業を進めるといい。

  17. 学期末テストは、倍訓部の日本語会話では主任の先生が去年のテストのサンプルをくれて、テストの2週間前くらいまでにテスト内容と模範解答を彼女に出すようにいいます。内容は6題くらいで、各問いは教科書からと自由会話からなっています。試験の当日、各生徒を順番に呼んで、くじ引きで問いを選び、それについて助手(他の中国人の先生)と一緒に面接をします。成績は、優・良・可・不可で付けます。

  18. 12月はじめには中国全土で日本語能力検定試験(大連外国語大学もその試験会場)、5月はじめには大連でキャノン杯(佳能杯)を目指して準備をする学生が多い。2002年6月からは、日本の大学へ入るのに必要な日本語テスト(日語水平考試)が始まるといわれていて、これは日本留学試験(日本国際教育協会 AIEJ)のことのようですが、中国では行なわれなかった。

  19. 給料(南方弁:薪水、北方弁:工資、大連弁:開餉Kai1-xiang3)は毎月26日以降、月末までに支払われ、支払日にはうわさが流れます。4階のある部屋を訪れて、名前を告げて、現金を受け取り、リストにサインをします。

  20. 6階にお茶室(619室)が、卒業生の寄付で、2001年9月に完成しました。池宮城克子さんを招いて、本科生から茶道の研修を順次始めています。

    毎週水曜日の15:00から教師やゲストが話す水曜講座があり、17:30〜20:30には4階の西側大教会談室で学生用にビデオを放映しています。おもに日本のドラマなどです。

  21. 日本語学院では1階入り口の右側にコンピューター室を作り、2001年11月に50台のパソコン教室が完成しました。学生には写真1葉で利用証を発行しています。2002年3月からの第2学期から、倍訓部がコンピューター入門講座を中上級生は日本語で(私が担当)、初級生徒は中国語で受けています。9月からの第1学期は、本科生が講座を受ける予定です。大外ではまだ生徒全員にインターネットのユーザーIDを発行することはなく、学生は外部のSina.com、Yahoo、163、Yeah Netなどの無料ユーザーIDを東門の外にあるインターネット・カフェーやこのコンピューター教室(1時間2元)で利用しています。

  22. 日中関係の歴史は簡単に知っておきましょう。日清戦争1894-95(中日甲午戦争)では、小国日本が眠れる獅子中国に勝利したと聞いていると思いますが、旅順で日本軍による虐殺があり、下関条約(馬関条約)が結ばれました。その結果、中国は多額の賠償金を払い、台湾を失ない、旅順が租借されそうになったのを、三国干渉で無効になり、ロシアは旅順を租借し、それまで青泥窪(チンニーワー)と呼ばれていたところをダールニー(遠方)としての建設を始めますが、日本が日露戦争1904-05にからくも勝って租借し、大連と名前も改めて建設をより本格的に始めました。日本は1931年に満州国(中国では偽満州国)を建て、1936年に北京で日中戦争へ突入し、中国は第二次大戦末期にロシアの援助もあり東北地方を解放したが、ロシア人は中ロ紛争後1962にすべて帰国しています。

    我々日本人は第一次世界大戦後、日本が21か条を中国に押し付けたときの反対運動である「五・四運動」(1919年)くらいは知っているが、その他は大連の道路・広場名によく使われているのに、日付を知らない。簡単に書くと、「九一八」は瀋陽郊外の柳条湖での「満州事変」で、日本が満州への侵略を開始した記念日(1931年9月18日)。「一二九」は共産党の指導の下に、北京大学生などが抗日救国運動を行なったという日(1935年12月9日)。「二七」は「二七大罷工」とも呼ばれていて、共産党の指導のもとに始めて大ストライキが北京・武漢鉄道(京漢鉄路)で行なわれた。「三八」はおもに旧共産圏の国々で祝われた世界婦人デーで、3月12日は孫文の誕生日でこの日に植林を行なうところが多い。「七一」は共産党の誕生日(1921年、上海で)、「七七」は北京の南西郊外の永定河にかかる芦溝橋の事件で、日本が中国侵略を開始した記念日(1936年7月7日)、「八一」は人民解放軍の誕生日(1927年、南昌で「八一起義」)。

    北京への旅行では芦溝橋の「抗日戦争記念館」(中国人民抗日戦争紀念館)、瀋陽では「九一八事変博物館」、ハルビンでは「第731部隊記念館」(侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館)、南京では「南京大虐殺記念館}(侵華日軍南京大屠殺遭遇同胞紀念館)などを努めて訪れて、日中関係の歴史を学びましょう。リチャード・ニクソン大統領の訪中、田中角栄首相の訪中が共に1972年で、日中平和条約が1978年です。日本は特に、清朝の終わりの時期(20世紀初頭)、20世紀の最後からの時期に、中国の留学生を多く受け入れて、中国の次代を背負う人々の教育に貢献しています。国の代表者(首相)は、戦後大分経ってからであるが、村山富市首相(社会党)と小泉純一郎首相(自民党、2001年に北京の抗日記念館も訪れている)があやまっているが、一般中国人はそう感じていない。

  23. 日本人教師のための「日本語資料室」が、NPO法人「日中ボランティア活動センター」の支援を受けて、大連と瀋陽に開かれています。大連のは中山路143-2号松山賓館15階1505室、大連創造電子(中文ソフト「NiHao」、翻訳支援ソフト「孫悟空」などを大連理工大学と協力して開発、販売しているクリエイト大阪の大連子会社)内にあり、火・木曜日13:30〜16:30と土曜日10:00〜12:00のみ開いています。連絡先は、電話362-5122(王 艶芳さん)。「大連日本語教育研究会」(http://www.threeweb.ad.jp/logos/china/dljapanese/)の呼びかけに基づいた、名前・住所を写真2枚などともに登録しておく必要があります。この研究会は総会が毎年10月に開かれ、いくつかの勉強会が行なわれています。

    毎年9月ころ、日本交流基金日本語国際センター(http://www.jpf.go.jp/j/urawa/)が「日本語教材寄贈プログラム」(Japanese Language Teaching Materials Donation Program)の教材リスト(教科書、辞書、教材、ソフトウェアCR−ROMなど)を、日本語教育研究会へくれます。瀋陽の日本総領事館を通して申し込み、教材受領が行なわれるので、必要なものはすべて申し込むといい。この他に、「日本語教材リスト」(東京:凡人社)が毎年7月にできている。

  24. 中国語の学習は、私は第1学期は授業を担当していない学生と互相学習をしたりしましたが、第2学期はコンピューター入門講座の授業をすべて午後に回してもらい(木曜日だけが回せなかった)、午前中は漢学院で留学生と一緒に勉強しました。漢学院の授業料は1年1600米ドル、1学期900米ドルですが、他学部の教師は半額になるように優遇されます。

    居留証・住宅・公共サービス

  25. 中国では、外国人は住居を定めまたは変更したら24時間以内に警察(公安)派出所へ届け出る義務があるようです。また、3か月毎に更新する必要があるFビザ(文化交流)以外でZビザ(専門家)の者は、入国30日以内に警察・出入境管理処(延安路&武漢路)で居留証を取る必要があります。申し込みには、大学からの外国専家証、中国検験検疫(シャングリラ・ホテルの向かいにある)で血液検査、警察(公安局)からの外国人居住許可(派出所へ住居を届けた後、家主との契約のコピーを用意して警察本部へ行き、許可をもらう)などが必要で、申し込みが終ってからほぼ4日くらいパスポートを預けます。中国では市役所でなくて、警察が一般国民の住民登録や戸籍の取り扱いをしています。解放路の労働公園向かいの電信局のアンテナの300メートル以内は、原則として外国人は住めないように指導しているようなので、ご注意!なお、冬休みなどに一時帰国する前に、再入国許可証を出入境管理処で取っておくこと(5日燗と250元がかかる)---そうでないと、中国への再入国は新たにビザが必要になり、初めてのビザでの入国と同じ大騒ぎとなります。

  26. 日本領事館(瀋陽)の大連出張駐在間事務所(0411-271-2005、Fax: 426-5626)へ在留届けを出しましたか。電話で連絡すると、用紙をファックスで送ってくれ、ファックスで届け出ができます。

  27. 電気・ガス・水道費は、2か月おきに近くの公共料金支払い所(聯合収費処)で納めるようになっているので、奇数月か偶数月になっているかを調べること。私の場合は、電気メーターが家の外にあるが、ガスメーターと水道メーターは部屋のなかにあるので、調べに来たときに用紙をドアに貼っておいていってくれるので、記入してまた貼って返しています。

    大連のアパートの暖房はおおむねソ連式の地域暖房になっていて、地域の供暖公司が毎年11月15日からスチームの供給を開始します。南向きの部屋であれば、室内温度は真冬でも大体15度程度には保たれます。冬そとは寒いが、雪はほとんど降らない。5月末あたりから昼太陽が直射が強く、大陸性の夏が始まる。日本よりは乾燥しているが、7・8月はやはり蒸し暑い。

  28. 電話料金の時刻による割引は2段階制になっていて、国内長距離も国際電話も、24:00〜07:00が半額になります。(夜9時以降安くなると、間違って信じている人が多い。)土・日は公官庁が開いているからでしょうか、特別に安くなることはありません。プリペイド電話カードには、普通カードとICカードの2種類があり、公衆電話が別になっています。聯通という会社のインターネットを利用したIP電話カードがどこの公衆電話からも使え、非常に安いと宣伝しています。

    宿舎に直通電話がある方は、郵便貯金通帳(中国人民郵政 活期儲蓄)から電話料金が常時差し引かれてようになっているので、十分な預金を置いておかないと、電話が突然不通になります。前月の電話使用の明細は、中山広場ちかくの中国電信(China Telecom、中山広場から民康街を2〜3分歩き、新華書店に向かって右の建物)で支払い証明を見せれば、コンピューターから記録を印刷してくれます。ハローページ電話帳(黄頁電話号簿)は、勝利広場の西端の郵政局の2階の北側で売っていて(約100元)、便利です。

    その他一般

  29. 大連の生活については、「大連に暮らす」(日本貿易振興会JETRO、1998年)と「地球の歩き方、大連と中国東北地方」(ダイヤモンド社、2000年)に詳しい。前者は「インターネット」の記述(83頁)のように、書いた時点にすでに現状から大きくかけはなれた部分があるので、要注意。月間あるいは季刊の日本語情報誌「I.D.」(Information Dalian)と「D-Navi」(Dalian-Navigation、ここは「ちゃいな・なび」というインターネット電子会議室も http://www.egroups.co.jp/group/China-navi/ でやっている)が、日本人の多く泊まるホテルのフロントなどに置いてあります(無料)。以下は、これらの本による情報の補足です。

  30. 最近日本のマイカル(Mycal邁凱楽、労働公園前のスイスホテルのビルの下にあり、日本のマイカルが破綻後は中国合弁相手に移譲中と聞く)、米国のウォルマート(Wal-Mart沃爾瑪、オリンピック広場にある)、フランスのカルフール(Carrefour家爾福、黄河路&西安路)、ニューマート(新瑪特、マイカルの北側にある米国型ショッピング・センター)、台湾の太平洋百貨店もマイカルの青泥街向かいにできて、大変便利になりました。(ただし、日本のダイエー(大栄、南山店・唐山街など)は2002年3月にすべて群英超市(Queen Supermarket)に変わりました。)メリッタのコーヒー入れ器とコーヒー(ただしヨーロッパ風に細かく挽いてあって、米国風でないのが残念)、魚焼き器など中国で日常入手できないものは、友誼商場にありました。大連森ビル1FのUCCコーヒーショップでもメリッタとフィルターを売っていて、コーヒー豆は挽いてくれる---摩[上下](モカ)、巴西(ブラジル)、藍山混培(ブルーマウンテン・ミックス)、哥倫比亜(コロンビア)が100g当り28から36元くらい。梅干、おかかなどの日本食品は、カルフールから少し大連駅寄りの博愛大厦(日本領事館、日本人師弟用のひまわり幼稚園があるビル)の1階の売店で売っている。

    おいしいフランスパン(特に私が好きな「バタール、クッペ」の類)は、中国ではおそらく武漢(フランスの自動車会社シトロエンの工場がある)以外では入手が難しい。大外の東わきの「克林蒂Cream Tea」280-1212、ラマダ・インに向かって左側の長江路に面したパン屋「九州西餅店」280-8888、ダイエー南山店が比較的いいという意見もあり、最近ニュー・マートの1階にも豊富にあり、「大列巴」(ロシア語の「хлеб」(フリェープ、パンの意味)から)と呼ばれるロシア・パンを中国風に甘くしたのも売っている。チーズも中国にはあまりなく、カルフールが比較的いい。日本のガラス製品「きりこ」は旅順に合弁会社があり、大連順和礼品商行く263-2499(長江路を九州飯店から東へ30メートルくらい歩いて、右側)で売っている。ホールトマトの缶詰め(スパゲッティー・ミートソース用)を売っているところを、知っておられる方は教えてください。

    アメリカン・コーヒーショップのおすすめは人民広場の少し南、ゴーリキー通り(高尓基路)と記念街(北京街の1つ東)の角にある日本料理店「花」の隣りの「I−55」(西崗区高尓基路67号、369-5755)。米国人(Matt & Elaine)がオーナーで、金曜日の夕方19:00〜21:00は多くの人々がお互いに英語会話を楽しみに集まっています。外国人が集まるバーは「瑪克威 Maiquais」(Established 1896 で)、中山広場の大連人民文化倶楽部ビルにあり、七一街側から入る。

  31. ラーメンは、少し歩いた嘉信飯店の入り口の前にある劉家餃子館が大きな餃子で有名、そこから角に行ったところの兄弟拉麺館は大連中のタクシーが来る。青泥窪の大商の解放路向かいにある馬家餃子館は便利で、これは黒石礁から旅順南路を少し行ったところの老辺餃子館(瀋陽に本店)は無視餃子が有名。大外の正門から延安路の左の自立路を下って、1つ目の左の道路(友好路)の第六五中学の前の「雲南過橋米線」では「過橋米線」は変った味で、おいしい。

  32. 中国銀行支店が、日本円の現金や旅行社小切手を人民元に替えてくれます。銀行口座は延安路を中山広場の方へ下って行き左手にある中国銀行遼寧省分行(支店)で口座を作れば、人民幣でも米国ドルでも日本円でも預金ができて、日本からの送金も受け取れます。預金の出し入れに、金額をローマ数字のほかに「大写」で書く必要があり、零壹貳參肆伍陸[シ+七+木]捌玖、拾佰仟万[イ+乙]整を使います。英語に慣れている方は、数字をスペル・アウトする英語の小切手を書く要領でもいいと思います。中国のクレジットカードは、居留証の期間が2年以上ないともらえないようです。

  33. アパートや寮で不満がある時は、家具が意外と安価に買えることが分りました。大連の家具屋はデパート以外には、労働公園の地下に栄盛家居広場(2つある)、五一広場に北京華聯の大世界家居広場、香炉礁に大連家具広場(1路バスに乗り香炉礁で下り、東北路を50メートルくらい南へ戻る、ここの奥には大連最大の露天植木市がある)と3つあり、香炉礁家具広場には比較的安いものが置いてあり(ここでダイニング・キチン用の折りたたみ食卓を130元で買いました)、大世界家居広場には比較的いいものがあり(ここで方圓のダブルベッド用マットレスを670元で買いました、大連産のマットレスは金陵と方圓が一流品らしい)、栄盛家居広場はスイス・ホテルの向かいにあり便利なところですが閑古鳥が鳴いていました。

  34. 日本でも8月3日が蜂蜜の日(ハチミツの日)になりハチミツのファンが増えていますが、大連では街のあちこちで「蜂産品」と書いた蜂蜜専門店を見かけます。日本でよく食べるアカシア(槐花)のハチミツだけでなく、ナツメ(棗)のハチミツ、ニンジンボク(荊、jing1)のハチミツ、長白山で採れたハチミツなど、多彩です。花粉もお店で売っていて、ハチミツと混ぜて食べると甘さが倍化され、美容にもいいようで女性には特に人気です。ロイヤル・ゼリー(蜂王漿)も安く、旅順金+金+金毅蜂産品公司(669-0109)などが日本人向けに多く売っている。

  35. この1〜2年に、市内バスやトロリーバスや路面電車が窓のガラスの破れを直すなど、一新されています。バス代金は1元で、乗り換え権利なし。明珠ICカードで支払うこともでき、85分と割安です。このICカードは、キャンパスの入り口を出て、延安路を南山路まで降りたところ交差点にある大連市商業銀行の支店で作ってくれます。80元で、30元がICカード代(使わなくなったら、あとで戻してくれると聞く)、50元が運賃として使えます。

  36. 外国語コーナー(外語角)は土曜日の午後3〜5時に、勝利広場の新華書店の前で。英語コーナー(日語角)と日本語コーナー(日語角)が開かれている。天気がいい時には、中山広場でやることもある。中山広場の七一街にあるDavid's Bar(大連人民文化倶楽部の裏側)に、金曜日午後8ごろから、外国人英語族が集まる。

  37. ケーブルTVでCCTV9(中央電視台9)が、2000年秋から英語専門で放映しているので、英語が多少できる方は、朝・夕の7時のニュース、朝・夕6:15の子供向け中国語教室(After School Chinese 少児漢語)など、十分楽しめます。全国の天気予報は、19:25からCCTV9(英語)で、19:30からCCTV1(中国語)で、朝は6:00からCCTV1のニュース「東方時空」が始まってすぐくらいに簡単にやっています。大連地方のは、大連電視台1(DLTV1)で「大連早班車」(Dalian Express)の中で、朝7:35ごろから「早看天気」(Zaokan Tianqi)として各地区別に詳しくやっています。

    大連のラジオは、中波(AM)放送はほとんど利用されてなく、FMは89.1MHz国際広播電台(おもに音楽、14:00と23:00に英語番組あり)、90.2交通(ニュース)、93.1人民(ニュース)、100.8文伝(音楽)、105.7経済(株式など)、107.8中央人民(ニュース、音楽)。短波では、Radio Japan - NHK World Networkが早朝 25 meter band (11.93 MHz)、昼間 19 (15.20)、夜 31 (9.75)で、BBC(英語)は朝 49 (6.10)、夜 31 (9.65)で,VoA(英語)が朝 16 (17.75)、夜 25 (11.75)で受信できます。

  38. 郵便は、国内の書状が8毛、日本への航空便は5.1元(10gまで)、葉書が4.2元。封筒(信封)は文房具屋(文具店)でなく、郵便局、街の切手を売る店、スーパーで買います。中国語では絵葉書がほとんどなくて、日本語の葉書も、絵葉書も、中国語では「明信片」です。

  39. 中国語を習うには、中国で一般的に行なわれている相互学習(中国人の方へ日本語を教え、その同じ人から中国語を習う)をおすすめします。中国語学習のテキストを持ってこなかった人は、新華書店で買った「30天漢語通」初級本 7-80052-587-2 & 中級本 7-80052-588-0(北京:華語教学出版社、1994)には解説が英語と日本語で書いてあり、日本語開設部分を日本語を教えるのにも使えて、便利です。大外・漢学院の閲覧室(201室)の売店(255-0401)で売っている教科書はすべて大型で、しかも英語の解説のみで、使えませんでした。中国人の方々にはそれぞれの興味があり、私は中国語基礎、古代詩、簡単な内容の小説と、それぞれの学生とやっています。

  40. 大連最大の朝市・夜市は裕景商場(長江路から黄河路が分かれるところの南側)の西側で開かれていて、食材が主ですが、一見に値します。この他、洋服・雑貨中心の市は、中山路と高尓基路の間の成仁街(馬蘭河のすぐ東側)で、午後から夕方にかけて開かれています。

  41. コンサート・ホールは、中山広場の東北にある大連人民文化倶楽部がそれです。「新年音楽会」(2001年12月28日(金)は中国民族管弦楽団)などが開かれていて、この建物に大きな看板がでます。ほぼ夜19:00から、値段は甲280元、乙260元、丙240元。申し込みは263-3797/5233/3797(大連市文化局 http://www.dlstage.com.cn 、ただしこのサイトをアクセスできた人はいますか?)でした。このビルの売店で買ってもよかったようですが、「郵政局:185免費送票」と看板にありましたからここへ電話したら、指定した住所・氏名へチケットを人が届けてくれて現金と引き換えでした。

  42. 大連市内でお茶を天秤に載せて販売している小柄な、明るい青のハンテンを着た女性にあったことはありませんか。私が出会ったのは中国南部の布衣族で、貴州では有名な碧羅春というお茶を買いました。大変おいしかったです。

  43. 中国へ来て、おいしいものを食べて、運動不足になっている人々のために、「大連ハイキング・クラブ」情報をインターネットで http://www.threeweb.ad.jp/logos/china/mountain.html に公開しておきました。みんなで中国の自然に触れましょう!冬のアイス・スケートが労働公園北東隅の鈴木滑冰場、児童公園の民澤湖、ニューマート(新瑪特商場)3階で楽しめます。

  44. 大連では梅の花は見かけないが(梅林は長春市にあるそうです)、3月下旬に春になりまず咲く花は桃の花(学院の東門がある麒麟東巷の1つ東の解放小学校正門への道(多分、解放街)の両側など)で、黄色のレンギョウ(連翹Lian2qiao2、中国人は一般に迎春花と呼んでいる)も労働公園などで4月中旬まで咲き、このころ労働公園と植物園はさまざまな花で大変きれいです。4月20日ごろは旅順へ行く途中の龍王塘公園では桜が沢山咲き(大正年間に日本人が建てたダム・サイトの直下にある)、大連の町の公園にはあちこちに紫または白のライラック(丁香)が咲き(しだれ柳以外はヤナギはあまり見かけないが一二七街にのみ柳があり、柳絮を飛ばす)、郊外の旅順南路の料金所あたり(小平島へ行く道が出るあたり)からは、北側の低い山にモモ・リンゴ・アンズなどの花が一斉に咲く(李の白い花はもっと以前に咲く。)。労働節(五一節)あたりから町の公園で桐(梧桐樹)の紫の花が長い間見られ(23路バスの始終点・大連外国語学院の小さな公園、中山路と五四路の間の王華街など)、例年5月末には白いアカシアの花(槐花)が町全体に咲き乱れてアカシア祭(大連賞槐花節)が1週間あり、日本からも沢山の旅行者が来て、このころ郊外の大黒山などではライラックやシャクナゲに似た花が咲いています。6月末から7月中旬ごろ、ネムノキ(合歓木)があちこちで白い産毛の上にピンクの花を咲かせ、大連市政府のすぐ西側の北京街では並木になっていて、中国人のある人はこの花を芙蓉(芙蓉は2種類あり、水芙蓉でない方)と呼び、ある人は鳳凰花と呼んで、後者は卒業の時期にはなくてはならない花だという。7月中旬は、アパートの庭にムクゲ(中国名は木槿、韓国語では無窮花ムグンファ)が白またはピンクの花を咲かす。

  45. パソコンで中国語を使えるようにするには、Windows Me/98/98ではMicrosoft社のホームページからGlobal IME (Input Method)中国語版をダウンロードしてインストールするといい。詳しくは、http://www.justsystem.co.jp/ark/review/04.htmlに書いておきました。大連の秋葉原(コンピューター・ショップ)は、大連駅から長江路を西へ3分くらいったところの右にある「站前電子城」、その道向かいにある裕景電子城(2つのホールがあり、最近はここが1番いい)、ニューマートと大連商場の青泥街向かいにある中山電子商場(2階に中国ではめずらしいソフトウェア専門店がある)です。ソフトウェアはゲーム以外はほとんど置いてなくて、北京からの取り寄せです(Windows Me中国語版が約1,000元、Windows 2000中国語版が約2,000元)。プリンター用インクは、Canon、Epson、HP(HPの種類が少ない)のが、マイカルなどに広く出回っていて、値段は日本とほぼ同じ。日本を出る前にゼネラル(株)の詰め替えインク「Refill Ink」を家の近くのパソコンショップで680円で買ってきましたが、これはうまくいっています。デジカメの写真を縁無し印刷するのが主な目的で、裕景電子城のC座にあるエプソン代理店でプリンターを買いWindows日本語版で使っていますが、インストールは英語モードが自動的に起動され、印刷時のメニューも英語になる以外は(紙の縦長印刷はPortrait、横長印刷はLandscape、など)、すべてうまくいっています。

    青泥窪橋バス停のすぐ北側(大連駅側)の「交電」(チャオディエン)ビルが大連の「秋葉原」になっており、家電関係のお店が入っています。パーツ(電気ヒューズなど)はこのビルの裏道、つまり栄盛街を北へ行きすぐ左右の興隆街にある交電化総公司の入手するといい。近くに、五金(水道管、ガス管などのパーツ)の店もあります。

  46. インターネットは宿舎やアパートの直通電話では、ユーザーアドレスもパスワードも8163で8163へ電話するとすぐインターネットにつながり(ブラウザーや日本のe-mailサービスがすぐ使える)、さらに上述の中国電信大楼の2階へいって「ChinaNet 163」の申し込みをすれば、現在は name@online.ln.cn というような電子メールを翌日から利用できるようになり、使用料金はすべて毎月の電話料と一緒に中国電信から請求がきます。(インターネット専門会社の利用方法をご存知の方は、教えてください。)賓館などに住んで1つの電話番号を何人かでシェアしている場合は、中国電信の200カード、300カードなどプリペイド・カードを利用するといい。

  47. 5つ星のホテルは4つあり、重要なお客さんへはこれらがお勧め:シャングリラー(香格里拉、252-5050)、フラマ(富麗華、263-0888)、スイスホテル(瑞士酒店、230-3388)、ヒルトン(希爾頓、252-9999)。ヒルトンは不便なところにあり、シャングリラーとフラマ(共に香港財閥の所有と聞く)は中山広場のすぐ東でどっちつかずのところにあり、スイス(最近、スイス航空からシンガポールのRaffles Hotelsへ移譲された)はマイカルと同じビルにあり、北側の部屋は大連駅を見下ろし、南側(少し値段が高い)は労働公園を見下ろす、便利なところにある。駅前の大連九州飯店(280-8888)は、Holiday InnからRamada Hotel(華美達)へ変った。

  48. 戦前の名称をよく知っている人に出会います。大広場(現在、中山広場)では北から反時計回りに、横浜正金銀行(中国銀行)、郵便局(郵政局)、朝鮮銀行(中国人民銀行大連分行)、大連警察署(遼寧省対外貿易公司)、大連ヤマトホテル(大連賓館)、大連市役所(中国工商銀行大連分行)、東洋拓殖ビル(交通銀行渤海分行)、大清銀行=中国銀行(中信実業銀行)、戦後1951年に建てられた大連人民文化倶楽部。宗教関係では、東本願寺(大連京劇団麒麟舞台)、大連聖公会聖堂(玉光街礼拝堂)、大連ルーテル教会(北京街礼拝堂、デンマーク人による)、日本基督教会・長老派(威廉士餐庁 William's Cafe、西広場=友好広場にある)、救世軍(朝鮮族文化芸術館、友好広場)、YMCA(大連市公安局中山区分局、世界貿易中心ビルに向かって手前右)など。その他に、満鉄本社(中国鉄道有限公司、魯迅路にある)、満鉄付属病院(大連鉄路医院)、日本橋(勝利橋、上海路にある)、ダーリニー市役所・満蒙資源館(大連自然博物館)、東清鉄道汽船会社・満鉄日本橋図書館、三越百貨店(秋林女店)、山県通り(人民路)、西通り(中山路)、浪速町(天津街)、星ヶ浦(星海公園・浴場)、双葉学院、伏見台小学校(実験小学)、大連第一中学校(大連理工大学成人・継続教育学校)、青泥窪(大連站前)、連鎖街(勝利広場・青泥街)など。参照:西澤泰彦「図説 大連年物語」(河出書房新社、1999)、「旅順探訪」(近代消防社、1999)、金寿奉「戦前の大連の街」(「大連日本商工クラブ会報」2000年7月号)など。また多少文学的には、夏目漱石「満韓ところどころ」(1909)と清岡卓行「アカシヤの大連」(雑誌「群像」に掲載、1969;後に芥川賞)が有名。

  49. 完全な雑談2題:1)「窓は夜露に濡れて」ではじまる愛唱歌「北帰行」は、昭和15年に最後の旧制高校として設立された旅順高校の寮歌であったことを知るひとは少ない。作者の宇多博は旅順高校2年生の春に、旅順高女の女学生との交際問題で退学処分となり寮を出るが、このとき黄金台の浜辺を歩きながら作ったもの。1960年代から流行した歌声喫茶でよく歌われ有名になり、いまは通常4番の歌詞で歌われるが、2番がカットされている:「建代、一高、旅高、追われ闇をさすらう。汲めども酔わぬ恨みの苦杯、嗟嘆(さたん)ほすに由なし。」(建大は、新京(長春)にあった建国大学。);2)胃腸薬「セイロガン」(正露丸)を持参してきている人も多いと思います。これはもともと「征露丸」と呼ばれ、日露戦争当時に陸軍衛生材料廠が海外派遣兵士用に研究・開発したもので、その後漢字名称を変えている。

なお、この最新版は以下のところに入れています:

http://www.threeweb.ad.jp/logos/china/orientation.html
また、大外日本語学院のホームページの1部分を大学から頼まれたので翻訳して、次に入れておきました:
http://www.threeweb.ad.jp/logos/china/dlufl.htm

リンク:私の中国

Created by Yoshi MIKAMI (Tel/Fax: 364-2444) on September 26, 2001. Last update on July 13, 2002.